インドネシア宅配革命①

最近インドネシアに行ったことがある人なら街中で緑のジャケットを着ているバイク運転手を見かけたことがあるだろう。彼らはタクシー配車サービスのGo jekかGrabのどちらかに属しており、アプリですぐ呼び出すことができる。前者のGo jekは今回ご紹介するインドネシア宅配革命の火付け役で、短期間で一気にインドネシアで知られるようになった地元企業である。本日は、そのGo jekの歴史を当時の市場背景を踏まえて書いて行きたい。

 

 

Go-Jekは2010年にNadiem Makarim(ナディーム・マカリム)によって設立された。ナディームは海外留学経験があり、米国ブラウン大学卒業後の2006年、大手コンサル会社のマッキンゼーに就職している。約3年間の勤務経験後、ハーバード大学にてMBAを取得。Go-jekは在学中にインドネシアで登記し、2011年から電話でバイクタクシー配車サービスを行うようになっていた。ちなみにGo jekという名前は、バイクタクシーの一般名称であるOjek(オジェック)に由来する。

大学卒業後は、Go-jekを細々と走らせつつも、ファッションECのZalora Indonesia立ち上げにマネージングダイレクターとして参画する。Zaloraの在籍期間は1年も満たない短い期間だったが、その後インドネシアのスタートアップ環境に身を置きながら、大きな変化を目の当たりにしていく。

 

筆者が初めてインドネシアの首都ジャカルタに降り立ったのは2011年11月だった。その頃はIT起業ブームで、いたるところでスタートアップのカンファレンスやピッチが行われていた。10代20代の若者が自分達でサービスを作り、目をキラキラさせてそのサービスの強みを説明する。当時海外からの出資やM&Aが相次いでおり、2010年5月にインドネシア版Four Squareの「Koprol」を米ヤフーに売却、2011年4月にインドネシア版グルーポン「Disdus」がサービス立ち上げから1年も経たずに本家グルーポンに売却など、皆が一攫千金事例を目指しているように見えた。(その頃の起業ブームやDisdusについては、2014年の記事に少し書いている)。当時グルーポン系も多かったが、EC系、メディア系、ゲーム系なども多く立ち上がっていた。しかし、ナディームは単なる海外サービスのコピーでは無く、インドネシアに根付いたオジェックへのこだわりを持って進んでいく。

eMarketerと筆者が独自に入手したデータを元に作成

 

IT起業ブームが落ち着きを見せ始めた頃、インドネシアのスタートアップ界ではスマートフォンの爆発的な普及が注目されていた。特に2014年、4000万台あたりを超えた頃であろうか。少し景色が変わって来た。自分の周りでもスマホを使う人が増えて来て、Clash of ClansやCandy Crushなどの海外ゲームアプリをプレイしたりしていた。ゲーム以外ではメッセンジャーが良く使われるアプリであったが、メッセンジャーは少々複雑で、Black Berry端末で、Black Berry Messenngerを使っている人が多く、2013年の7月段階ではまだスマホの約半数はBlack Berryであった。そこからAndroidが一気に攻勢をかけ、さらにBlack Berry自身がAndroid端末でメッセンジャーアプリをローンチしたこともあり、1年後にはAndroid端末がスマホの約半数のシェアを獲得するまでになっていた。

 

 

そんな勢いづくスマホ市場を見てか、2014年8月、タクシー配車アプリを手がける世界最大手の米Uberがインドネシアに進出を果たす。2010年に配車サービスを開始したUberは、当時ヨーロッパ、インド、アフリカに市場を拡大し、インドネシア進出の前月には中国進出にも進出しており、海外攻勢を強めているところであった。そして、当時のUberの評価額は170億ドルに達していた。ナディームはこのUberの進出をどう見ていたかわからないが、スマホの普及からUberの進出で、配車アプリの可能性を感じていたに違いない。Uberの進出から5ヶ月後の2015年1月、Go-Jekはスマホアプリをローンチしたのだ。

 

 

アプリローンチの時点で、人を乗せて運ぶサービス(後のGO-RIDE)以外に、物を運ぶサービス(後のGO-SEND)と運転手に買い物を依頼するサービス(後のGO-MART)も同時オープンさせている。Uberタクシーにはできないバイクタクシーならではのサービスである。そして、2015年内に食べ物を運ぶ「GO-FOOD」、大きい荷物を運ぶ「GO-BOX」、マッサージ師を運ぶ「GO-MASSAGE」、メイクアップアーティストを運ぶ「GO-GLAM」、清掃員を運ぶ「GO-CLEAN」、バス停まで乗客を運ぶ「GO-BUSWAY」など全てGO-〇〇で統一された全9サービスを稼働させたのだ。そして、2016年にはUberの競合となる「GO CAR」もローンチさせている。

 

では、利用数はどうだろうか。アプリローンチから1年後の2016年1月の実績は、なんと1050万回の予約がされているというのである。1日34万回のという計算だ。

 

もちろんバイクタクシー配車市場をGo-jekが1社で独占していた訳では無い。最大のライバルは冒頭にも登場したソフトバンクも出資するGrabというマレーシア発の企業で、2015年5月にGrabBikeでインドネシア進出を果たしている。他にはインドネシアタクシー最大手のBlue Birdが始めた「Blu-Jek」、ユニークなものだと女性専用の「LedyJek」、イスラム教女性専用の「OjekSyari」など少なく見積もっても10社以上の類似業者が参入しており、2015年はインドネシアバイクタクシー業界が活発に動いた1年であった。

 

そして2016年8月、Go jekは5億5000万ドルの資金調達を行い、評価額は13億ドル以上とのニュースがスタートアップ界を駆け巡る。資金調達2ヶ月前の6月、ナディームへのインタビューによると、Go jekの運転手はインドネシア国内で20万人、1ヶ月の予約件数は2000万回以上とのことで、半年で予約件数を2倍に成長させていたのだ。調達金額はともかく、世界の投資家から大きな期待を得るのも頷ける成長である。

 

その後も快進撃は続き、アプリローンチからの2年後の2017年1月、アプリダウンロード数3300万達成。大雑把に計算するとインドネシア人の2人に1人はGo jekのアプリをダウンロードしていることになる。

2017年5月には中国のインターネット巨人 Tencent(騰訊)から13億ドルを調達、評価額は30億ドルに。今年2018年には前回前々回の記事に登場したインドネシアNo.1企業アストラやジャルムなどから15億ドルを調達。

 

そして現在。2018年6月時点でのGo jekのWEBサイトには30万人の運転手と契約しているとある。実際に30万人という数字を見なくても、緑のジャケットを着たGo jekドライバーはジャカルタの街に根をはり、大統領も言うようにGo jekは市民にとってなくてはならない存在になっている。

 

 

このGo jekのサービスの中でGo jekが最も力を入れているサービスの1つが、GO FOODである。GO FOODはレストランやカフェなどの法人や屋台を運営している個人がマーチャントとしてGO FOODに登録し、アプリ利用者がドライバーを通してマーチャントの商品を注文できるサービスだ。実は、そのマーチャント登録数が現在12万5000を超えており、マーチャントの中では月100万円を超えるような売上を叩きだす小さなお店が出て来ているのだ。次回は、このGO FOODが活性化させるフードデリバリー産業に焦点を当てて、成功事例を紹介していく。

インドネシアの華麗なる一族たち③

Djarum_logo

ここ数年、インドネシアの富豪番付1位を守り続けているのがハルトノ兄弟です。兄がMichael Bambang Hartono(マイケル・バンバン・ハルトノ)、弟がRobert Budi Hartono(ロバート・ブディ・ハルトノ)です。

 
父親の名はOei Wie Gwan(オエイ・ウェイ・グワン、不明~1963年)。1925年、中部ジャワのレンバンでCap Leoと呼ばれる花火を製造していましたが、日本軍に追放されスマランの西にあるクドゥスに移動。そこで1951年にPT Djarum(ジャルム)を設立し、たばこの製造販売を始めました。レコード針にちなんで名づけられたジャルムは、クドゥスのブティンガンバル通り28番地(現在のヤニ通り28番地)にて、たった10名の小さな会社として始まりました。前回登場したスドノ・サリムもクドゥスでたばこを売っていたことがありますが、たばこビジネスは後にとんでもなく大きな市場に成長します。JTインターナショナルの調査では、2013年3000億本が販売され、東南アジア最大の市場となっています。

 

ジャルムは1998年の通貨危機以降、多角化に成功し、ホテル・不動産事業、エレクトロニクス事業、銀行業、パーム農園事業などを展開していきました。特に有名なのが、インドネシア最大級のショッピングモール「グランドインドネシア」とインドネシア民間最大手のバンク・セントラル・アジア(BCA)の経営権を取得したことです。こうしてジャルムグループとなった巨大財閥は、兄のマイケルが会長、弟のロバートがCEOとなりマネジメントされています。そして、各ビジネスには兄弟の投資会社から出資する形がとられています。

 
Djarum_family
左からオエイ・ウェイ・グワン、ロバート・ブディ・ハルトノ、ヴィクトール

 

ロバートには3人兄弟の息子たちがいます。長男はVictor Rachmat Hartono(ヴィクトール・ラフマット・ハルトノ)、次男はMartin Basuki Hartono(マーティン・バスキ・ハルトノ)、三男がArmand Wahyudi Hartono(アルマンド・ワシュディ・ハルトノ)です。3人はジャルムグループの核となることを期待されており、それぞれ役割が分かれています。長男のヴィクトールはジャルムのCOOと社会貢献に使われるジャルム財団の管理を任されています。次男マーティンはジャルムグループの次なる事業を見つけるべく、新規ビジネス担当としてインターネット産業に力を入れています。そして三男アルマンドは、米国で投資銀行を経験し、最年少でBCAの取締役に入閣しました。

 

アルマンドはインドネシア一の大富豪の息子であるにも関わらず、非常に謙虚な性格だと知られています。ビジネスの原則はいかに支出を抑えて将来の予期せぬ事態に備えるか。そして、余ったお金は将来のために投資してくということをあるインタビューで語っています。そして、父親であるロバートも息子たちの鏡となる存在です。他の大富豪がリムジンを使っていても、トヨタのランドクルーザーに乗り、携帯電話もダイヤなど派手な装飾を好まず、ブラックベリーの初期モデルを長く使っています。食べ物の好き嫌いは無く、大食いはしない。ゴルフ嫌いで、趣味は仕事、仕事、仕事。他の大富豪とは一線を画した存在であり、ビジネスだけでは無く、その性格はしっかり子供に受け継がれていくのです。