インドネシアの華麗なる一族たち①

「華麗なる一族」と言えば映画やドラマにもなった山崎豊子の小説であり、1965年に起こった山陽特殊製鋼倒産事件を元にしていると言われています。本作の主人公は万俵大介。大介は万俵財閥の発展のために、息子娘たちを財界の有力者と結婚させる、いわゆる閨閥施策を進めていきました。裏切り、憎悪、権力闘争などの人間ドラマがリアルに描かれた作品です。

 

インドネシアにも一族経営で発展する財閥がいくつもあります。毎年発表されるForbesの富豪番付を見ても、上位のほとんどは財閥オーナーで占められています。そして、その財閥企業は一族経営がほとんどです。実際「華麗なる一族」と似ている部分もありますし、もちろんそうでない部分もあります。本連載ではインドネシア版華麗なる一族として、現在のトップ財閥たちが今までどのように歩んできたのかを書いて行きたいと思います。

 

 

 

1842年に終結したアヘン戦争以降、清政府は海外渡航の門戸を大きく開き、移民ブームがおきました。その頃、インドネシアは植民地としてオランダによって長く統制されていた時代です。インドネシアにも多くの華人がやって来ました。後に大きな財閥グループの創設者となるような人もその時期で、インドネシア三大財閥「アストラインターナショナル」「サリムグループ」「シナールマスグループ」の創設者一族たちも、その時期に渡って来たと言われています。

 

Astra-International-Logo

アストラインターナショナル
GLOBE ASIAによる2015年インドネシア企業グループランキングで1位となったアストラグループ創設者のWilliam Soeryadjaya(ウィリアム・スリヤジャヤ、1922年~2010年)は、父親が広東省から移民した華人でした。ウィリアム自身もTjia Kian Liongという中国名を持っています。1957年、彼は仲間たちと貿易商アストラ社(現在のアストラインターナショナルの前身)を創業しました。そして、1960年代末にトヨタ自動車の総代理店になり、1971年にはトヨタと合弁でPT Toyota Astra Motor(トヨタアストラモーター社)を設立するなど、自動車産業を中心にナンバーワンへと駆け上がりました。しかし、グループとしてナンバーワンになったものの、1992年の長男Edward(エドワード)の銀行ビジネスの失敗により、一族はアストラの株式を手放さざるを得なくなりました。よって現在のアストラインターナショナルはスリヤジャヤ一族のものではありません。

 

エドワードにはEdwin(エドウィン)という弟がいました。エドウィンは1998年、Sandiaga Salahudin Uno(サンディガ・ウノ)と投資会社Saratoga Investama Sedaya(サラトガ・インベスタマ・セダヤ、通称サラトガ)を創業し会長に就任、石炭採掘パダン・クルニア(現アダロ・エナジー)も創業し、こちらも会長に就任しました。そして2014年3月、サラトガ傘下のPT Mitra Pinasthika Mustika Tbk(MPM)がPT Nissan Motor Indonesia(日産インドネシア)と提携します。実はMPMはウィリアムが1987年に創設した会社で、現在の会長はエドウィンです。これがスリヤジャヤ家の悲願であったかどうか分かりませんが、再び自動車販売のビジネスを行うことになりました。

 

そのエドウィンは現在66歳。2015年6月、ウィリアムの孫であり、エドウィンの息子であるMichael Soeryadjaya(マイケル)が、サラトガの社長(President Director)に就任し、スリヤジャヤ家のバトンを引き継ぎました。30代前半の若い経営者が次の時代を作っていきます。

アストラ
左からウィリアム・スリヤジャヤ、エドウィン、マイケル

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