インドネシアのネット広告市場に見るナンバーワン企業の法則

みなさん、「ナンバーワン企業の法則―勝者が選んだポジショニング」という本をご存知でしょうか?原題は「The discipine of market leaders」でマイケル・トレーシーさんとフレッド・ウィアセーマさんによって書かれたものを大原進さんが翻訳しています。アマゾンで検索してみたら、もう既に絶版になっており、中古で5000円ぐらいするんですね…。

 

ナンバーワン企業の法則

 

 

私がはじめてこの本に出会ったのは大学3年生の就職活動時期で、その後社会人3年目でもう一度読み直したきりでした。そして長い年月が経って、最近インドネシアのネット広告市場を説明する中で、本書に出てくるナンバーワン企業が選ぶ3つの価値基準が、しっくりくるので、このブログでもご紹介しようと思った次第です。

 

 

ナンバーワン企業の3つの価値基準とは?
1.    Product Innovation(プロダクト・イノベーション)
2.    Operational Excellence(オペレーショナル・エクセレンス)
3.    Customer Intimacy(カスタマー・インティマシー)

 

 

私は就職活動時期に、某IT企業のセミナーでこの3つの価値基準の説明を受けたのですが、凄く分かりやすかったので10年ちょっとたった今でも鮮明に覚えています。

 

プロダクト・イノベーションを発揮しているのは、例えばマイクロソフトやインテルのような新しいプロダクトを出し続けることで市場を圧巻している企業です。当時セミナー講師のK先生は「愚民どもよ、我らのプロダクトを使うが良い」という面白い表現をされていましたが、本当にそうは言っていなくても、それぐらい言えるような企業です。Google(グーグル)もそれに入りそうですね。

 

2つ目のオペレーショナル・エクセレンスを発揮しているのは、例えばマクドナルドです。K先生は、「高校生のアルバイト中心でも店舗がまわる仕組みを作ったことは素晴らしい。例えば銀行が高校生だけでまわるのか?」とおっしゃっていましたが、まさに卓越したオペレーション体制を築いている企業のことです。他には、質の良い家具を低価格で提供するオペレーション体制を確立させたイケアが入るのではないでしょうか。

 

最後に3つ目のカスタマー・インティマシーですが、例としてリッツカールトンホテルの名前をあげられていました。顧客の好みを記録して、顧客に驚きと感動を与え、親密な関係を築き上げる企業のことです。サービス業に多そうですが、ファッションブランドのエルメスも同じ商品を修理して長く使ってもらうという顧客関係を築くので、これに当てはまると思います。

 

 

では、これらをインドネシアのネット広告企業に例えるとどうでしょうか?

 

 

1.    プロダクト・イノベーション
こちらは本当に「愚民どもよ、我らのプロダクトを使うが良い」がぴったりなのですが、facebook(フェイスブック)とグーグルの広告のことです。フェイスブックはパーソナルデータを用いて市場を圧巻し、グーグルも検索連動型広告だけで無く、リマーケティング広告、ネイティブ広告、動画広告など網羅し、両社とも新しい広告機能をアップデートし続けています。東南アジアにおいても、その強さは目を見張るものがあり、APACのネット広告市場の51%は彼ら2社によって支配されているという調査データも出ています。あともう1社あげるとすればCriteo(クリテオ)社です。彼らはダイナミックリターゲティングというプロダクトで、インドネシアの上位EC企業のほとんどを顧客としています。フェイスブック(米)、グーグル(米)、クリテオ(仏)、みんな欧米企業ですね。

 

2.    オペレーショナル・エクセレンス
インドネシアにおいて、このポジショニングに関しては、日系ネット広告代理店が力を発揮しているように思います。前述のフェイスブックとグーグルの広告ですが、この広告を最適に運用するためのオペレーション体制を築く企業がいます。フェイスブック広告はターゲティングの設定技術だけで無く、バナーや動画などどういったクリエイティブを用意するかも重要です。ある日系広告代理店は、フィリピンにクリエイティブ制作部隊を作り、日夜ABテストで効果改善を行っていると聞きます。グーグル広告にしても、日々のキーワード設定もそうですが、目まぐるしく変わる広告機能やケーススタディの情報収集、そしてそれら新しい知識を現場の運用スタッフへの落とし込むオペレーションが非常に重要です。

 

3.    カスタマー・インティマシー
最後のカスタマー・インティマシーですが、インドネシアで儲かっていると言われているネット広告企業、デジタルーエージェンシーのほとんどがこのポジショニングをとっています。例えば、世界大手の広告代理店WPPグループやオムニコムグループ、日本の電通もそうですが、グループ傘下にデジタルエージェンシーやデジタル専門部署を持っており、このポジショニングで大きな売上を上げていると考えられます。外資系だけでなく、ローカル系も同じです。私は採用活動と情報収集のために、100人近くのマネージャーや営業担当とリンクトインを通じて会って来ましたが、みな口を揃えて顧客とのリレーションシップが大事だ、それがインドネシア独特のカルチャーだと言います。

 

 

もう少しインドネシア独特のカスタマー・インティマシーについて、お話しましょう。

 

 

私が会った100人近くのマネージャーや営業担当が言う顧客とのリレーションシップとは?

 

・毎日ワッツアップやBBMで、挨拶やジョークを送る
・たまにドーナツ持参でオフィスに訪問
・誕生日にはお祝いのメッセージとケーキを贈る
・クライアントの担当者が欲しいもの(例えば、靴とかコンサートのチケットとか)をプレゼントする
・○○を渡す

 

私の予測では、ざっくり約1000億円のインドネシアネット広告市場のうち、80%はブランディングを目指した広告活動で、ブランディング目的ですと、どのターゲット層に何のメッセージをどれぐらいのボリュームに届けるかが重要になってくるので、広告効果が測りづらく、差別化が難しくなります。ネット広告だと、指定のターゲティングでボリュームと予算を設定して終わりで、非常に簡単です。そこで、差別化要素として重要となってくるのが、前述の顧客とのリレーションシップです。(○○はここでは言えませんw)

 

個人的には、真の顧客は広告主では無く消費者なので、市場の競争が激しくなると、このモデルは長くは続かないと考えています。ただ、現状インドネシアの経済は成長していますし、とりあえず指定のターゲット層への認知度を上げておけば、ある程度成長は見込めるという状況です。

 

この顧客リレーションシップ活動によって、インドネシアでは100を超えるデジタルエージェンシーが存在しています。量産のロジックとしては、デジタルエージェンシーからの独立です。まずは、デジタルエージェンシーで経験を積んで、顧客リレーションシップを育てることができたクライアントを引き連れて独立するのです。複数社引き連れて独立することができれば、インドネシアは人件費が低いので、彼らにとって十分な利益を確保することが容易です。

 

 

最後に、アドウェイズはと言いますと…スローガンに「なにこれすげーこんなのはじめて」とあるように、なにこれすげーこんなのはじめてなプロダクトを作って、プロダクト・イノベーションに挑戦しています。

 

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インドネシアのモバイル市場2017

つい先日、アドウェイズインドネシアブログでインドネシアのモバイル市場インフォグラフィックの最新版、2017年版が更新されたので、こちらでもまとめておきたいと思います。

 

IMM2017

 

2016年は前年と比較して、インドネシアのモバイルマーケティング市場、モバイル広告市場において、そこまで大きな変化が無かったというのが個人的な感想です。もちろん、大きくはなくとも変化(成長)はあると思っています。インフォグラフィックにあるようにモバイル端末の普及台数は3億3000万台を超えるまでに増え、書かれてはいませんがスマホ普及台数も1億台まで届きそうなところまで来ていると言われています。実際にfacebook広告のスマホ端末ターゲティングをインドネシアでセットしてみると、既に9000万台を超える配信先が表示されます。

 

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スマホ普及台数の増加に合わせて、EC企業のモバイル広告投資も増加しています。インフォグラフィックには2016年に最もダウンロードされたECアプリのランキングがありますが、ここにある上位のEC企業の広告はよく見かけますし、個人的に実際のアクティブユーザー数もこのランキングに近いのではないかと思っています。

 

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そして、徐々にではありますが、モバイル決済も増えていると見受けられます。クリテオ社が発表したデータでは、インドネシアでは30%の決済がモバイル経由になってきたとありますが、某EC企業の方によると、2017年に入って約半数の決済がモバイル経由になっているとのことでした。

 

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一言で表すと、2016年は「よりモバイルシフトが進んだ」という年と言えるのではないでしょうか。しかし、冒頭に述べたように大きな変化とまではいかないと思うのです。そう思う一番の理由は、顧客単価の変化です。モバイルインターネットを通して、お金を払う人はもちろん増えているように見えるのですが、顧客単価に大きな変化(伸び)が無いように見えます。

 

 

例えば、分かりやすい例がモバイルゲームです。日本では、モンストやパズドラに課金しまくる人がたくさんいることでしょう。私は仕事柄多くのデータを見たり、人から話を聞きいたりしていますが、インドネシアで課金するのは、人口のわずかなパーセンテージを占める上位所得者で、ほとんどの人は無課金でゲームを楽しみます。そして、上位所得者層は、iPhoneを使っていることが多く、実際iOSの平均顧客単価は伸びているように見受けられます。一方、スマホユーザーの約8割を占めるAndroidの平均顧客単価はあまり変わっていないように見受けられるのです。

 

 

私は市場全体が大きく成長するためには、大多数を占める中間層の成長が不可欠だと思っています。(スマホを所持できる時点で下層では無いため、中間層より下の話は省きます)

 

 

例えば、私が持っている予測データを用いてご説明しましょう。インドネシアの1年間のAndroidアプリとiOSアプリの課金金額が200億円だとしましょう。AndroidユーザーとiOSユーザーの合計は8500万人とします。

 

 

私の感覚では、
Androidユーザー8000万人×平均顧客単価200円/年
iOSユーザー500万人×平均顧客単価800円/年
という予想です。

 

 

無課金ユーザーも人数に入れて平均顧客単価を算出しているので、説明が分かりにくいかもしれませんが、この年間200円しか使わない層が、単純に400円使えるようになれば、一気に360億円マーケットに成長します。ここまで成長すれば、私も大きな変化と認めざるをえません。ただ、現状この200円ユーザーが成長していないように見えるのです。アプリの課金金額はゲームがほとんどなので、この例はゲーム市場を使って中間層を説明したような形ですが、ECにおいても近い状況が起きているように思うのです。完全に私の予測です。もっと言うと、インドネシア経済全体とすら思ったりもします。中間層である200円ユーザーは、ローンで車とかバイクを買って、家賃も払って結構ギリギリの生活です。お金持ち800円ユーザーは、オーナービジネスや不動産投資など野心を持って資産を増やして行きます。華僑系の方が多いです。結構みんな海外留学をされていたりします。

 

 

野心的、華僑という言葉出てくると、今度は多様性の国インドネシアの歴史的背景の話にそれて行きそうですので、本日はここで閉めたいと思います。

 

 

まとめると、「インドネシアのモバイル市場は爆発的に成長しているというわけではないと思う。でも、結構モバイルシフトが進んでいる。しかしながら、そもそも中間層が成長しなければ、国全体としてマーケットの成長が厳しいのでは?」というお話でした。

 

 

最後に、これはあくまで現状までの市場データを見て、個人の予測と感想を述べただけに過ぎませんので、現時点で私の知らない市場爆発が始まっているかもしれません。それはそれで嬉しいです(笑)。ただ、着実に少しずつでも、日々前を向いて前進していると感じています。インドネシア!

インドネシアのハイセンスなローカル外食企業

前回はインドネシアに進出する大手外食企業についてまとめました。
本日は、ローカル企業で特にハイセンスな外食企業に絞ってご紹介したいと思います。インドネシアではオシャレで雰囲気の良いレストランがたくさんあり、地元のセレブや欧米人に大人気です。

 

 

1.    ISMAYA GROUP

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まずご紹介するのが、ISMAYA GROUPです。
インドネシアで数々のハイセンスなレストラン、バー、ラウンジを生み出した先駆者的な存在です。創業は2002年で、Christian Rijanto、Brian Sutanto、Bram Hendrataの3人が共同創業者として事業を開始し、2016年現在、15ブランドの32店舗、2000人近くの従業員を有する大企業となりました。飲食店以外にもイベント企画事業を手掛け、ケイティ・ペリーなど人気ミュージシャンを海外から誘致し、インドネシア最大級のダンスミュージックDjakarta Warehouse Project(通称DWP)や、バリ島で開催されたUltra Baliなど、インドネシアで国際的な音楽イベントが開催できることを証明してきました。

 

私もISMAYA GROUPの店舗は頻繁に使わせて頂いており、特にインドネシア国外からゲストが来ると、BCAタワーの56階にあるルーフトップバー「SKYE」にはよく案内します。ジャカルタの街を見渡せる絶景スポットです。また、最近ですとSampoerna Strategic Squareタワーの1階にあるGIAによく行くのですが、毎週木曜日にワイン飲み放題メニューがあり、天井が高くて素晴らしい雰囲気のレストランで、ワインをがぶがぶ飲んじゃうことができます。

 

 

2.    PTT Family

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続いては、ジャカルタを拠点にレストランやホテルを展開するPTT Familyをご紹介します。バリ島に旅行したことのある方だと、ポテトヘッド(Potato Head Beach Club)という名前を聞いたことがあるかもしれません。昼も夜も凄く雰囲気の良いビーチクラブで、バリ島のおすすめスポットの1つです。

 

PTT Familyのスタートは2009年で、経営を担当するRonald Akiliとクリエイティブを担当するJason Gunawanが創業しました。今年になって初めてホテルThe Katamama (ザ・カタママ)をバリでオープンさせ、今後さらにホテル事業を拡大するプランを打ち立てています。

 

ザ・カタママは、インドネシアで著名な建築家 Andra Martin (アンドラ・マーティン)が設計を担当し、シンガポールのデザイン会社 Takenouchi Webb (タケノウチ・ウェブ) が内装を手掛けています。インドネシアを感じることのできる洗練された空間で、今個人的にバリ島で最も行ってみたいホテルです。今後オープン予定のThe Kataoma(ザ・カタオマ)とThe Katamama Canggu(ザ・カタママ・チャングー)も建築界の巨人レム・コールハースが関わっており、どんなホテルができるのか非常に楽しみです。

 

 

3.    The Union Group

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続いては、The Union Group(ユニオングループ)です。
ユニオングループのオーナーの一人であり、マーケティングとPRを担当するのはJennifer Karjadi (ジェニファー・カルジャディ)です。グループとしての創業は2014年ですが、ジェニファーは2006年に「CORK&SCREW」、2008年に「LOWEY」をオープンさせていきました。複数のシェフやワイン、クリエイティブの専門家、経営者などが加わり、ユニオングループは文字通り結合しながらグループとしての形を成して行きます。

 

例えば、東南アジア料理の提供する「E&O」はシェフWill Meyrickとのコラボレーションです。彼はバリ島で「Sarong」と「Mama san」を所有しています

 

「UNION」「The Dutch」「Bistecca」を立ち上げたのは、世界で最も稼ぐシェフGordon Ramsay(ゴードン・ラムゼイ)のレストランで修業を積んだAdhika Maxi(アディカ・マキシ)と、彼の妻でケーキ職人のKaren Carlotta(カレン・カルロッタ)です。夫婦でオープンさせた最初のレストラン、UNIONは超人気店です。最近ではユニオングループとは別で、日本食レストラン「Izakaya Kai」をオープンさせており、こちらもまた繁栄店になっています。

 

 

4.    Biko Group

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最後にご紹介するのはBiko Groupです。
創業者でありグループ会長を務めるMikael Mirdadは、1986年生まれで、今年30歳になったばかりの若手経営者です。大学時代に海外留学をしていたMikaelは、身近にビールが飲めるシドニーでの生活を楽しんでいましたが、ジャカルタに戻って気付いたのは、数少ない決められたレストランやバーだけでしか飲めないということでした。そこで最初に手掛けた飲食ビジネスが、2010年6月にジャカルタのKemang(クマン)オープンしたBEER GARDEN(ビアガーデン)です。ビアガーデンは瞬く間に成功し、2011年12月、2店舗をSCBDに出店します。その後、ビアガーデン以外のレストランも複数手掛け、2013年からBiko Groupとして成長を続けています。

 

彼らの手掛ける店舗で、特にユニークなのが、2015年12月にオープンした日本料理の「風神」です。バリ島で大人気の鉄板焼きレストラン「雷神」の姉妹店なのですが、ここの接客サービスが非常に面白いのです。私はバリ島の「雷神」で初体験したのですが、特徴的なのが「息ぴったりの挨拶」です。インドネシアでこんな体験初めてだ!と感動したのですが、朝礼で有名な某外食企業がすぐ頭に浮かびました(笑)。バリ島の「雷神」はKaminari Groupによって運営されているのですが、実はオーナーのRajawali Suriadiredja(ラジャワリ・スリアディレジャ)さんが元々その某外食企業で働かれていたようです。日本の接客サービスが海を渡って受け継がれているのは非常に素晴らしいことだと思います。ちなみに料理も凄く美味しかったです。「Tiger Prown Bloccoli Mayo(エビとブロッコリのマヨネーズ炒め)」と「広島焼き」がおすすめです。

 

 

いかがでしたでしょうか?
2000年代前半からポツポツとセンスの良いオシャレなレストランが現れ始め、2010年から一気に増えています。そして、そんなオシャレレストランにインスパイアされ、ジャカルタでもそれ以外の都市でもオシャレなカフェが増えてきている印象です。

 

ただ、最後に一言苦言を呈すると、個人的には味はまだまだかなと思っています。特に日本食の味です。ローカルには受け入れられているようですので、良いかもしれませんが、ハイセンス且つ食べ物も美味しいレストランの登場を期待して待っています。

インドネシアに進出する日系外食産業ヒストリー(大企業編)

私がジャカルタに来てから4年の年月が経ちましたが、長くジャカルタに住んでいる方に4年前と比べて大きく変わったものは?と聞いた場合、飲食店と答える方が多くいらっしゃるのではないでしょうか。

 

4年前とは全然違います。
例えばラーメン。私がジャカルタにやって来た2012年7月には、日本から進出しているラーメン屋は「まる玉(2010年5月)」「博多一幸舎(2011年6月)」
「山小屋(2012年1月)」とオープンしたばかりの「らーめん山頭火(2012年5月)」ぐらいでした。カッコ内はオープン年月です。今では優に20を超えるラーメン屋が日本から進出して来ている状況です。

 

また、最近では油ソバまで登場し、先週もショッピングモールのグランドインドネシア内にある油ソバ専門店の「山ト天」に行って来たのですが、平日昼間に行列ができる程の人気でした。4年前には考えられない味とバリエーションです。
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平日昼間に空席を待つお客さんたち

 

肉の食べ放題もそうです。4年前は「ハナマサ」ぐらいしかありませんでしたが、今や「牛角」の焼き肉食べ放題や、元牛角創業者が展開する「しゃぶ里」でしゃぶしゃぶ食べ放題を楽しめます。しゃぶ里は、しゃぶしゃぶ食べ放題ですが、さんまの炊き込みご飯とかもあります。

 

 

ということで、前置きが長くなりましたが、本日はインドネシアの外食産業について、このままレポートして行きたいと思います。

 

 

この数年間、たくさんの外食企業がインドネシアへの進出を果たしましたが、その中で日本の大手上場外食企業も多くいらっしゃいます。
各企業の売上高を比較しながら紹介していきましょう。

 

2015年度ランキング(フードビジネス研究所より)
1位:ゼンショー(5,257億円)
3位:コロワイド(2,341億円)
5位:吉野家(1,857億円)
7位:ロイヤル(1,303億円)
12位:トリドール(955億円)
17位:モスフードサービス(711億円)
19位:サンマルク(660億円)
25位:壱番屋(440億円)

 

このランキング順に、各企業の進出年月日とパートナーについてまとめてみました。インドネシアでレストラン事業を行う際、つい最近の2016年2月11日に資出資規制が緩和されるまで、51%までの外資出資制限があり、現地のパートナーが必要でした。ですので、各企業、パートナーがいるケースが多いです。ちなみに、現在は外資100%でも可能です。

 

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各パートナーですが、実は外食事業に特化している企業は多くありません。食品関連の企業もありますし、食と全然関係無い企業もあります。

 

 

■ゼンショー
日本の外食市場においてトップに君臨するゼンショー。ブロードキャスティングシステムやセキュリティシステムなどの販売を展開するSenjaya Group(センジャヤグループ)をパートナーに選び、北ジャカルタのベイウォークモールに「すき家」1号店をオープンさせました。2016年8月現在、ジャカルタとその周辺エリアで5店舗まで拡大させています。

 

■コロワイド
コロワイドグループの子会社、PT REINSMARINDO INDONESIAは、2015年6月20日にインドネシア1号店となる「しゃぶしゃぶ温野菜」をイオンモールBSD City内にオープンさせ、インドネシア進出を果たしました。同タイミングで、「牛角」3号店もイオン内にオープンさせましたが、既に出店している2店舗に関しては、2006年にスタートしたフランチャイズ店舗です。パートナーはキッチン衣類や食器具などの家庭用品を展開するMaspion Group(マスピオングループ)です。

 

■吉野家
吉野家は1994年にフランチャイズ形式でインドネシアに進出し、6店舗まで拡大したものの、アジア通貨危機の影響を受けて98年に撤退していました。再進出は、インドネシアFMCG業界大手のWings Group(ウイングスグループ)とタイの財閥最大手CPグループのインドネシア支社との合弁企業とフランチャイズ契約を締結し、2010年6月に1号店をオープンさせています。そして、2016年8月時点で55店舗まで拡大させるに至っています。

 

■ロイヤル
傘下のテンコーポレーションが展開する天丼・天ぷら専門店「てんや」は、インドネシアで「The Duck King」など人気の中華レストランを展開するAsia Culinary Inc PTE Ltd.(アジアカリナリーインク)とフランチャイズ契約を締結し、2014年7月、南ジャカルタ市内で初出店を果たしました。

 

■トリドール
地場の製粉大手PT Sriboga Ratu Rayaを保有するSriboga Group(スリボガグループ)とパートナーシップを組み、フランチャイズ契約を締結したPT SRIBOGA MARUGAME INDONESIAが2013年2月に「丸亀うどん」1号店をオープン。さらに、焼鳥業態の「とりどーる」も2015年5月にオープンさせています。パートナーのスリボガグループは、PT Sriboga Ratu Rayaを通して、2014年に「ピザハット」のフランチャイズを行うPT Sarimelati Kencanaを買収しています。

 

■モスフードサービス
2008年11月、現地で卸・小売業を展開するマスヤグループのPT Glory Sukses Selaras が70%、オリックス株式会社のシンガポールの現地法人が20%、モスフードサービスが 10%を出資して「PT. MOG INDONESIA(モグ インドネシア)」を設立され、翌月12月に、ジャカルタのショッピングモール「プラザ・スナヤン」にて1号店がオープンしました。マスヤグループは食品卸業で1989年に市原和雄氏によって設立され、1995年、日本食スーパーマーケット「papaya(パパイヤ)」をオープン。その後アジア通貨危機を乗り越え、現在食品総合卸業としてインドネシア全土に3万店以上の取引先を持つまでに成長しています。

 

■サンマルク
PT Marinata Boga Jayaとフランチャイズ契約を締結し、2015年12月、ジャカルタの高級ショッピングモール「Senayan City(スナヤンシティ)」に1号店をオープン。

 

■壱番屋
2013年12月、Warga Jaya Group(ワルガジャヤグループ)がインドネシアでのカレーハウスCo Co壱番屋の展開を目的に設立したPT Abadi Tunggal Lestariとフランチャイズ契約を締結し、グランドインドネシア)に1号店をオープン。

 

 

最後のサンマルクと壱番屋のパートナー情報が薄いのですが、理由は公開されている情報がほとんど無かったからです。日本であれば、上場企業や大企業であればすぐに情報を取得できますが、インドネシアでは全般的に情報公開が進んでいません。もちろんインドネシアでも上場企業であれば、公開の義務があり、財務諸表などを確認できますが、それは巨大なコングロマリット、所謂財閥グループの一部であるケースが多いので、その全体像をつかむことは非常に困難です。

 

だからこそ調べがいがありますので(笑)、引き続き調査、研究を続けて参ります。
本日以上です!

インドネシアの華麗なる一族たち④

山崎豊子著作の「華麗なる一族」では、財閥グループ発展のために息子娘たちを財界の有力者一族と結婚させる所謂閨閥戦略が作中にあります。インドネシアでもそれが戦略的であるかはさて起き、財閥同士で家族関係が作られているケースが多くあります。前回、ジャルムグループについてご紹介させて頂きましたが、今回はそのジャルムグループを起点に家族関係を見て行きたいと思います。

 

財閥関係図2

 

ロバートの長男のヴィクトールは2014年の3月に結婚をしたのですが、その相手はサリムグループの重役Benny Setiawan Santoso(ベニー・サントソ)の娘Amelia Santoso(アメリア)でした。披露宴にはアンソニー含むサリムファミリー、BCA社長のJahja Setiaatmadja、政界からはMS Hidayat産業大臣(当時)、ガルーダ・インドネシア社長(当時)Emirsyah Satarなど多くの財界人が集まりました。

 

次男のマーティンはウィングスグループ会長Eddy William Katuari(エディ・ウィリアム・カツアリ)の長女Grace Liviana Katuari(グレース・リヴィアナ・カツアリ)と結婚しました。ウィングスグループはライオンやファミリーマート、吉野家など多くの日系企業と合弁を組んでいることで有名で、会長のエディは2015年フォーブス誌の富豪ランキングでインドネシア17位に入ります。ウィングスグループとジャルムグループの関係は、2004年から始まったインドネシア最大級のショッピングモール「Grand Indonesia(グランドインドネシア)」建設プロジェクトで急接近したと言われており、同プロジェクトはグレースが会長、ハルトノファミリーのTessa Natalia D. Hartonoが社長を務める共同事業です。

 

続いて、ウィングスグループをもう少し掘り下げて行きましょう。エディにはグレース以外にも3人の娘がいます。

 

■Jane Stephanie Katuari(ジェーン・ステファニー・カツアリ)
彼女はプランテーション事業で上場をしているPT Gozco Plantations Tbkの副社長Kreisna Dewantara Gozali(クレイスナ・デワンタラ・ゴザリ)と結婚しています。クレイスナの父親Tjandra Mindharta Gozali(チャンドラ・ミンドハルタ・ゴザリ)が同社で社長を務め、他複数企業の会長職・社長職を兼任し、現在のゴズコグループを取り仕切っています。

 

■Erlin Katuari(エルリン・カツアリ)、Widya Katuari(ウィディヤ・カツアリ)
彼女はタイの最大財閥CP(チャルーンポーカパン)グループ会長の甥であるBenjamin Jiaravanon(ベンジャミン)と結婚しました。ベンジャミンは現在、CPグループインドネシアの社長を務めています。2009年にウィングスグループとCPグループは吉野家のインドネシアでの店舗展開のために、合弁でPT Multirasa Nusantaraという会社を設立しており、社長にはカツアリ4姉妹の1人、Widya Katuari(ウィドゥヤ・カツアリ)が就任しています。

 

 

これらはインドネシアにある数多くの財閥のほんの一部ですが、今回登場したジャルムグループ、サリムグループ、ウィングスグループ、ゴズコグループ、そしてタイのCPグループ、全て華僑系財閥です。東南アジア経済における華僑系財閥の力は絶大ですが、血縁関係を結び、さらにネットワークが強化されている印象です。

 

 

参考:
インドネシア経済を支配する財閥グループたち(2013年版)
インドネシア経済を支配する財閥たち(2014年版)

インドネシアの華麗なる一族たち③

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ここ数年、インドネシアの富豪番付1位を守り続けているのがハルトノ兄弟です。兄がMichael Bambang Hartono(マイケル・バンバン・ハルトノ)、弟がRobert Budi Hartono(ロバート・ブディ・ハルトノ)です。

 
父親の名はOei Wie Gwan(オエイ・ウェイ・グワン、不明~1963年)。1925年、中部ジャワのレンバンでCap Leoと呼ばれる花火を製造していましたが、日本軍に追放されスマランの西にあるクドゥスに移動。そこで1951年にPT Djarum(ジャルム)を設立し、たばこの製造販売を始めました。レコード針にちなんで名づけられたジャルムは、クドゥスのブティンガンバル通り28番地(現在のヤニ通り28番地)にて、たった10名の小さな会社として始まりました。前回登場したスドノ・サリムもクドゥスでたばこを売っていたことがありますが、たばこビジネスは後にとんでもなく大きな市場に成長します。JTインターナショナルの調査では、2013年3000億本が販売され、東南アジア最大の市場となっています。

 

ジャルムは1998年の通貨危機以降、多角化に成功し、ホテル・不動産事業、エレクトロニクス事業、銀行業、パーム農園事業などを展開していきました。特に有名なのが、インドネシア最大級のショッピングモール「グランドインドネシア」とインドネシア民間最大手のバンク・セントラル・アジア(BCA)の経営権を取得したことです。こうしてジャルムグループとなった巨大財閥は、兄のマイケルが会長、弟のロバートがCEOとなりマネジメントされています。そして、各ビジネスには兄弟の投資会社から出資する形がとられています。

 
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左からオエイ・ウェイ・グワン、ロバート・ブディ・ハルトノ、ヴィクトール

 

ロバートには3人兄弟の息子たちがいます。長男はVictor Rachmat Hartono(ヴィクトール・ラフマット・ハルトノ)、次男はMartin Basuki Hartono(マーティン・バスキ・ハルトノ)、三男がArmand Wahyudi Hartono(アルマンド・ワシュディ・ハルトノ)です。3人はジャルムグループの核となることを期待されており、それぞれ役割が分かれています。長男のヴィクトールはジャルムのCOOと社会貢献に使われるジャルム財団の管理を任されています。次男マーティンはジャルムグループの次なる事業を見つけるべく、新規ビジネス担当としてインターネット産業に力を入れています。そして三男アルマンドは、米国で投資銀行を経験し、最年少でBCAの取締役に入閣しました。

 

アルマンドはインドネシア一の大富豪の息子であるにも関わらず、非常に謙虚な性格だと知られています。ビジネスの原則はいかに支出を抑えて将来の予期せぬ事態に備えるか。そして、余ったお金は将来のために投資してくということをあるインタビューで語っています。そして、父親であるロバートも息子たちの鏡となる存在です。他の大富豪がリムジンを使っていても、トヨタのランドクルーザーに乗り、携帯電話もダイヤなど派手な装飾を好まず、ブラックベリーの初期モデルを長く使っています。食べ物の好き嫌いは無く、大食いはしない。ゴルフ嫌いで、趣味は仕事、仕事、仕事。他の大富豪とは一線を画した存在であり、ビジネスだけでは無く、その性格はしっかり子供に受け継がれていくのです。

インドネシアの華麗なる一族たち②

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■サリムグループ
同ランキング2位のサリムグループは、1997年のアジア通貨危機まで圧倒的1位に君臨していた大財閥です。創業者のSudono Salim(スドノ・サリム、1916年~2012年)は、福建省福清市の農家の3兄弟の次男に生まれました。中国名は林紹良(Liem Sioe Liong)です。1938年、兄に続いて叔父を頼りにジャワ島へ渡り、中部ジャワのクドゥスでタバコやコーヒー豆の商売を行い、商人としての道を歩み始めました。第二次世界大戦後は、オランダとの独立戦争で戦う軍への物資納入を通じて当時ディポヌゴロ師団司令官であった後の大統領スハルトとの人脈を築いていきます。1968年にスハルトが2代目大統領に就任してから約30年間、様々な国家プロジェクトの利権を手にし、グループを大きく成長させました。ところが、1997年のアジア通貨危機でグループは最大の危機を迎えます。

 

通貨危機により、グループの多くの企業の財務体質が悪化し、民間銀行最大手に成長したBCA(バンク・セントラル・アジア)を含む、多くの資産の売却を余儀なくされることとなりました。しかし、スドノの三男Anthony(アンソニー、中国名は林逢生)のもとで何とかグループ最大の危機は乗り切ります。そして、2013年2月、元々危機前に所有していた日産やスズキの現地合弁パートナーであるインドモービルの株式を買い戻して筆頭株主となり、また、BCAの株式も幾分か取得して復活を果たしています。

 

次のサリムグループのリーダーとして期待されているのが、アンソニーの三男であるAxton Salim(アクストン)です。アクストンは1974年生まれで、2002年にコロラド大学ボルダー校を卒業。その後、クレディ・スイスのシンガポール支店で経験を積み、2004年からサリムグループの中核企業インドフードに入社。2009年から現在に至るまでインドフードの取締役を務めています。
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左からスドノ・サリム、アンソニー、アクストン

 

 

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■シナールマスグループ

三大財閥最後は「シナールマスグループ」。創業者は、福建省泉州出身華人Eka Tjipta Widjaya(エカ・チプタ・ウィジャヤ、1923年~)で、中国名は黃亦聰(Oei Ek Tjhong)です。彼は9歳の時、インドネシアに渡ります。非常に貧しい家庭であったため、マカッサルにて小学校卒業後、15歳で砂糖やビスケットを販売するというビジネスをスタートさせていました。その後、彼は1970年にシナールマス社を設立し、一代でパームオイルやココナッツオイルなどの食用油、製紙、そして金融、保険、不動産などの事業も手がける大財閥を築き上げました。シナールマスグループは同族経営が行われており、子供たちはシンガポール、米国、カナダ、日本などに分かれて留学を経験した後、グループの各部門を担当しています。現在は、創業一家長男であり、紙パルプ事業を担当するTeguh Ganda Wijaya(テグー、1944年~)がグループのトップとなっています。

 

エカはたくさんの子供を残しており、ウィジャヤ家は非常に大きなファミリーになっています。Forbesの記事によると15人とありますが、それよりももっと多いという説もあります。前述のテグーが一族のトップとなっているものの、グループ最大の売上高を誇るパームオイル事業はテグーと14歳離れたFranky Oesman Widjaja(フランキー、1958年~)が担当しています。彼は日本への留学経験があり、青山学院大学に留学した後、パームオイル事業を担当し、さらに超高級ショッピングモールのプラザインドネシアの会長なども務めています。

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左から、エカ・ウィジャヤ、テグー、フランキー

 

 

エカの孫の世代ですが、既に頭角を現し、各部門の重要ポジションに就いています。ここでは3人の人物を紹介したいと思います。

 

-Fuganto Widjaja(フガント、1981年?~)
フガントはグループの鉱山開発事業を担当しており、PT Golden Energy Mines Tbkの社長、PT Sinar Mas Multiartha TbkとPT Dian Swastatika Sentosa Powerの取締役を担当し、昨年2015年はバクリー財閥とロスチャイルド財閥が対立しながらも共同運営されていたPT Berau Coal Energy Tbkを引き継き、同社CEOに就任しています。

 

-Michael Jackson Purwanto Widjaja(マイケル、1984年?~)
マイケルは、グループの不動産事業を統括するMuktar Widjaja(ムクタル、1955年~)の息子です。彼は2007年に当時23歳という若さでPT Bumi Serpong Damai Tbk(BSD)の副社長に就任しました。BSDはジャカルタ南西部に位置する新開発地域BSDシティの開発を行い、そこにはイオンがオープンしています。そして、2010年にはグループの不動産部門を取りまとめるSinar Mas Land(シナールマスランド)のCEOに就任しました。

 

-Jesslyne Widjaja(ジョセリン、1984年?~)
ジョセリンは、先ほども登場したパームオイル事業を統括するフランキーの娘です。彼女はシンガポール証券市場上場するGolden Agri-resources LtdのExecutive Director of Corporate Strategy & Business Development(事業開発兼経営戦略担当取締役)という重要ポストに、2014年3月から就いています。
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左から、フガント、マイケル、ジョセリン

 

Tbkは公開株式会社、上場企業を意味し、彼彼女たちはグループの複数上場企業を担当するという重要な役割を担っています。そして、まだまだ30代前半という若さです。

インドネシアの華麗なる一族たち①

「華麗なる一族」と言えば映画やドラマにもなった山崎豊子の小説であり、1965年に起こった山陽特殊製鋼倒産事件を元にしていると言われています。本作の主人公は万俵大介。大介は万俵財閥の発展のために、息子娘たちを財界の有力者と結婚させる、いわゆる閨閥施策を進めていきました。裏切り、憎悪、権力闘争などの人間ドラマがリアルに描かれた作品です。

 

インドネシアにも一族経営で発展する財閥がいくつもあります。毎年発表されるForbesの富豪番付を見ても、上位のほとんどは財閥オーナーで占められています。そして、その財閥企業は一族経営がほとんどです。実際「華麗なる一族」と似ている部分もありますし、もちろんそうでない部分もあります。本連載ではインドネシア版華麗なる一族として、現在のトップ財閥たちが今までどのように歩んできたのかを書いて行きたいと思います。

 

 

 

1842年に終結したアヘン戦争以降、清政府は海外渡航の門戸を大きく開き、移民ブームがおきました。その頃、インドネシアは植民地としてオランダによって長く統制されていた時代です。インドネシアにも多くの華人がやって来ました。後に大きな財閥グループの創設者となるような人もその時期で、インドネシア三大財閥「アストラインターナショナル」「サリムグループ」「シナールマスグループ」の創設者一族たちも、その時期に渡って来たと言われています。

 

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アストラインターナショナル
GLOBE ASIAによる2015年インドネシア企業グループランキングで1位となったアストラグループ創設者のWilliam Soeryadjaya(ウィリアム・スリヤジャヤ、1922年~2010年)は、父親が広東省から移民した華人でした。ウィリアム自身もTjia Kian Liongという中国名を持っています。1957年、彼は仲間たちと貿易商アストラ社(現在のアストラインターナショナルの前身)を創業しました。そして、1960年代末にトヨタ自動車の総代理店になり、1971年にはトヨタと合弁でPT Toyota Astra Motor(トヨタアストラモーター社)を設立するなど、自動車産業を中心にナンバーワンへと駆け上がりました。しかし、グループとしてナンバーワンになったものの、1992年の長男Edward(エドワード)の銀行ビジネスの失敗により、一族はアストラの株式を手放さざるを得なくなりました。よって現在のアストラインターナショナルはスリヤジャヤ一族のものではありません。

 

エドワードにはEdwin(エドウィン)という弟がいました。エドウィンは1998年、Sandiaga Salahudin Uno(サンディガ・ウノ)と投資会社Saratoga Investama Sedaya(サラトガ・インベスタマ・セダヤ、通称サラトガ)を創業し会長に就任、石炭採掘パダン・クルニア(現アダロ・エナジー)も創業し、こちらも会長に就任しました。そして2014年3月、サラトガ傘下のPT Mitra Pinasthika Mustika Tbk(MPM)がPT Nissan Motor Indonesia(日産インドネシア)と提携します。実はMPMはウィリアムが1987年に創設した会社で、現在の会長はエドウィンです。これがスリヤジャヤ家の悲願であったかどうか分かりませんが、再び自動車販売のビジネスを行うことになりました。

 

そのエドウィンは現在66歳。2015年6月、ウィリアムの孫であり、エドウィンの息子であるMichael Soeryadjaya(マイケル)が、サラトガの社長(President Director)に就任し、スリヤジャヤ家のバトンを引き継ぎました。30代前半の若い経営者が次の時代を作っていきます。

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左からウィリアム・スリヤジャヤ、エドウィン、マイケル

インドネシアのスマホアプリ市場 2016

本日はかねてより要望の多かったインドネシアのスマホアプリ市場について書かせて頂きたいと思います。2011年の設立以来、アドウェイズインドネシアは様々な事業に挑戦してきましたが、2015年5月からこのスマホアプリ市場に集中して取り組んで来ています。

 

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まずインドネシアの基本情報からですが、わかりやすいようにおよその数で暗記しています。意外とスマホ普及台数が知られていなくて、近い数字でも即答できる人にインドネシアで会ったことがありません(笑)。基本的にインドネシア人は数字が苦手というのが私の感想です。面接などでデジタルマーケティングについて意見を求めると、みんな口をそろえてソーシャルメディアが良いと言うのですが、具体的に数字で語れる人に会ったことがありません。すいません、いきなり話それました…。

 

 

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続いてモバイルキャリアですが、インドネシアではTelkomsel(テルコムセル)、XL(エクセル)、Indosat(インドサット)の3社で、市場の8割以上を占めています。2014年9月にまとめた資料ではありますが、2016年現在でも大きくは変わっていないと思います。スマホアプリ市場に関連したところですと、昨年2015年からついに大手3社とも、GooglePlayのキャリア課金に対応しました。インドネシアのクレジットカード保有者が10%にも満たなかったり、日本のようにGooglePlay専用のプリペードカードが売られていない市場を考えると、大きな前進と言えるでしょう。

 

Othersに関しては、香港系の3(トゥリー)とローカルのSmartfren(スマートフレン)が有名です。

 

 

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モバイルOSに関しては、インドネシアはAndroidの市場です。iOSは非常に少ないです。今までジャカルタにアップルストアができるんじゃないかという噂が何度か流れましたが、まだできておりませんし、できる気配もありません。しかし、個人的な感覚で言いますと、ジャカルタのスタバで、マック製品を使って(ドヤ顔をしている)いる人は、多いように見えます。インドネシアは、ジャカルタとその他の都市で一人あたりのGDPが倍以上離れているので、ジャカルタだけで測定すると、iOS比率はもっと上がるかもしれません。

 

ちなみに、スマホ端末シェアのグラフは用意していないのですが、1位はSamsung(サムスン)で、2位と3位をローカルのEvercoss(エバーコス)とSmartfren(スマートフレン)が争っているという状況です。それぞれ上位端末メーカーは、1万円でも買えるようなAndroid端末を用意しています。

 

 

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続いてブラウザーですが、中国で最も人気の高いUC Browserが、インドネシアで一気にシェアを伸ばし、過半数のシェアを得るまでになっています。逆に今まで一番であったOpera(オペラ)が、どんどんシェアを落としている状況です。考えられる理由は大きく2つありまして、1つは単純に『高速インターネット』を謳って大きな広告予算を投下していること。もう1つ考えられるのが、その高速インターネットを利用してポルノ動画を再生することがより快適になったことです。やはりエロの力は恐ろしいですね…。

 

 

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次はソーシャルメディアです。インドネシアは世界第4位のfacebook人口を誇っており、ソーシャルメディア大国として有名なのですが、実はあまり知られていないのがブラックベリーメッセンジャー(BBM)のユーザー数です。そして、勘違いされやすいのが、このBBMユーザー数はブラックベリー端末だけではないということです。BBMはAndroidでもiOSでもアプリを展開しています。

 

 

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そしてこれが2016年4月某日のGooglePlay総合無料アプリのランキングなのですが、BBMはAndroidにアプリを公開して以来、ほぼずっと1位の座を守り続けています。先ほどご説明したUC Browserも2位で入っていますし、3~6位までがFacebook、Facebook Messenger、Instagramで、LINEは7位に入っています。

 

 

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次はインドネシアの広告市場ですが、わかりやすいように、広告市場全体が約1.5兆円、ネット広告が1000億円(つまり、ネット広告比率は10%以下)、モバイル広告がそのまた5%の50億円と言うようにしています。ここで申し上げたいのが、インドネシアは隣国や同じような発展途上国と比べてもネット広告比率が低いということです。例えばインド。インドは広告全体の規模はインドネシアに負けているにも関わらず、ネット広告比率は10%以上で、ネット広告市場もインドネシアを上回っています。

 

しかし、やっぱりポテンシャルは高い。一気に爆発すると信じてやっております。

 

 

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続いてモバイルアプリマーケティングのプレイヤーですが、インドネシアは他の産業同様、市場のポテンシャルの高さからある程度のプレイヤーは揃っています。しかし、特徴的なのは、ローカル企業が少ないということ。たくさんの企業ロゴを散りばめましたが、そのほとんどが、インドネシアに支社を持たない企業がほとんどです。特にパフォーマンスマーケティングの分野においては。例えば、CPI(Cost Per Install)広告の分野を見てみましょう。アドウェイズはインドネシアに拠点を置いて、AppDriver(アップドライバー)とSeads(シーズ)というプロダクトを展開していますが、ドイツのFyber(ファイバー)、アメリカのTapjoy(タップジョイ)とSupersonic(スーパーソニック)はインドネシアに拠点を置いていません。

 

先ほどインドのネット広告市場がインドネシアと比べて進んでいると述べましたが、モバイル広告代理店カテゴリーのVserv(ヴィーサーブ)やCPC広告カテゴリーのinmobi(インモビ)はインド出身企業です。

 

 

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これはGooglePlayの売上トップアプリのランキングですが、やはりトップは全て外資系企業で、LINEメッセンジャー以外は全てゲームです。そして、ほとんどがインドネシアに拠点を置いておりません。Seven Knights(セブンナイツ)を展開するネットマーブル社とLINEは拠点を置いています。

 

右側はインドネシア向けにどの広告を使っているのかと言う表なのですが、ほとんどがfacebook広告とAdMobしか使っていないという状況です。これは逆にまだまだチャンスがあるとも捉えることができます。

 

 

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続いて、こちらはショッピングカテゴリにおけるDL数のランキングです。先ほど上位を占めていたゲームと比べると、ほとんどがローカル企業(2016年4月現在、インドネシアでは)で、インドネシア向けの広告投資に積極的です。特にインドネシアで人気のBBM広告はトップのECアプリのほとんどに利用されています。

 

ランキング上位に入ってはいませんが、インドネシアの大手財閥もEC市場への投資に力を入れています。例えば、ジャルムグループが投資するblibli.com(ブリブリドットコム)やリッポーグループが投資するMatahariMall.com(マタハリモールドットコム)などです。先ほどのゲーム市場と比較するとレッドオーシャンに見えますが、モバイルゲーム市場も昨年2015年から中華圏の進出が増えており、今年は一気に競争が激しくなることでしょう。

 

現場からは以上です。

デジタルマーケティングの歴史(インドネシア編)

前回、世界のデジタルマーケティングの歴史において4つの大きな出来事があると、述べました。

 

1.    検索エンジンの登場
2.    DSP/SSPの登場
3.    ソーシャルメディアの登場
4.    ダイナミックリターゲティングの登場

 

本日は、この4つがインドネシアではどのように発展を遂げて行ったのか、書いて行きたいと思います。

 

まず、検索エンジンの登場ですが、インドネシアで初めてのGoogle認定パートナーはDG Trafficだと言われています。DG Trafficは、2009年4月11日にHerman Changによって設立され、今では50名以上で組織されています。

 

DGtraffic

http://www.dgtraffic.com/dgtraffics-4th-anniversary-celebration/

 

 

2016年3月現在で、インドネシア法人として登録されているGoogle認定パートナーは約40社で、さらにインドネシア国外で認定されている企業もいることを考えると、プレイヤーとして50社以上はいるのではないかと予想されます。

 

 

DSPは2012年頃から少しずつ外資系広告代理店によって販売されているのを見かけましたが、2013年10月にPT MicroAd BLADE Indonesiaがジャカルタにオフィスを開設したのが本格的なスタートかと思います。クリテオも2013年12月に東南アジアの販売を強化すべくシンガポールに拠点を開設しました。以前にも少し書かせて頂きましたが、2015年はDSPがブレイクした年だと感じています。MicroAd BLADEは2016年に予定していた黒字を1年前倒しで達成し、クリテオはインドネシアに拠点を置いていないながらもTraveloka、Matahari MallやLazada Indonesiaなど大手ECを広告主としてを抱えるまでになっています。

 

SSPに関しては、Adskomというローカルプレイヤーがいます。Adskomは、2013年にインドネシアローカルのアドネットワーク企業ADSTARSの創業者であるItalo GaniとKoprol の創業者であるDaniel Armantoによって設立されました。2015年7月には、日本のSSP大手のGeniee(ジーニー)がシリーズAラウンドの増資を引き受けており、急成長を期待されています。

 

このようにインドネシアでのGoogle広告、DSP、SSP、ダイナミックリターゲティングの登場のタイミングを見ていると、市場の成長スピードが日に日に増しているように感じます。世界では10年かかったことが、インドネシアでは倍以上のスピードで動いています。

 

そのような変化の激しい環境の中で、やはりインドネシアではソーシャルメディア、特にfacebookのデジタル広告市場への影響力は圧倒的です。まず、ユーザー規模ですが、facebookのインドネシアユーザーは、私がインドネシアに来た2012年には4000万人程だったのが、2016年には8000万人まで増えています。ネットユーザー数は2015年のインターネット・サービス業者協会(APJII)の発表で8,810万人ですので、今まで少し増えたことを鑑みてもネットユーザーの8割以上をカバーしていることになります。そして広告主においても、他のGoogle広告、DSPや各アドネットワークと比較しても、出稿数は群を抜いています。

 

また、広告に限らず、ソーシャルメディア・マーケティングという新たな市場も創りだしました。facebook上で企業やブランドのアカウントを作って運用したり、アプリを作ってキャンペーンを行ったりなど、企業のソーシャルメディア・マーケティングを支援するデジタルエージェンシーが数多くあらわれました。私の推測ですが、インドネシアには100社以上のデジタルエージェンシーが存在すると考えています。特にfacebook広告は誰でも簡単に運用できるように設計されているので、運用のレベルの違いはあれど、参入障壁が非常に低いビジネスです。

 

インドネシアで一番古いデジタルエージェンシーは1996年に設立されたbubu.comだと言われています。日本では、電通とソフトバンクの合弁によるデジタルエージェンシー「サイバー・コミュニケーションズ(Cyber Communications inc.)」が設立されたのも1996年、サイバーエージェント(Cyber Agent, Inc.)が設立されたのが、1998年ですので、インドネシアではかなり先進的な企業であったことが分かります。bubu.comは、世界で最も革新的なテクノロジーベンチャー企業100社に贈られる「2011 Red Herring Top 100 Global(2011年レッドヘリンググローバルトップ100社)」に選ばれており、創業者兼CEOのShinta Witoyo Dhanuwardoyo自身も2011年にインドネシアの大手経済誌Globe Asia主催の「99 Most Powerful Women」に選ばれるなど、女性経営者として活躍が評価されています。

 

2014年10月Mark Zuckerberg来イ。ジョコ大統領やShinta女史と面会

 

そして今私がfacebookの中で一番注目しているのが、Audience Network(オーディエンス・ネットワーク)です。オーディエンス・ネットワークによってfacebook外部のウェブサイトやアプリにも広告出稿が可能となるのですが、今年2016年1月にモバイルウェブへの配信拡大を発表しました。インドネシアでは、PC普及率よりも、携帯電話の普及率の方が非常に高いため、モバイルウェブへの配信拡大は、今までアドネットワークとして圧倒的なGoogleディスプレイネットワークも脅威に感じていると思います。実際にインドネシアで多くのトラフィックを集めるニュース・ポータルサイトを見ていると、まだまだGoogleの広告枠を多く目にしますが、例えばゲームアプリを見てみると、最近一気にfacebookオーディエンス・ネットワークの広告配信が増えてきているように感じています。

 

facebookads

https://www.facebook.com/business/help/788333711222886

 

今年さらにfacebook広告の力が強くなっていくことを考えると、通常のアドネットワークの分野でタイムマシーン経営は非常に厳しいように見えますが、もちろん穴は無数に存在するので、こういったパワーバランスを理解しながら戦略を立てることが成功確率を高めることに繋がるのではないでしょうか。