ジャカルタの渋滞は世界最悪クラスと言われている。INRIX Global Traffic Scorecardの最新のデータによると、ジャカルタは世界1360都市のうち12位、アジアではバンコクに次いで2番目に渋滞が深刻だとされている。例えば、車で5km移動するだけで、1時間以上かかることもざらにあるのだ。人間の歩行スピードは一般的に4km/時と言われているので、ちょっと早足で歩いた方が速いくらいだ。筆者もGo-jek(ゴジェック)が出てくる前はスケジュール調整に非常に苦労した。しかし、今ではアプリで5分以内にバイクが飛んできて、5kmの距離も車の間をすり抜けて10-15分で到着させてくれて、非常に便利である。
前回ご説明したように、ゴジェックが運ぶのは人だけでは無い。
今回はゴジェックの中で最も利用されているサービスの1つであるGO FOODをご紹介していく。
GO FOODはゴジェックが初めてアプリをローンチして約3ヶ月後の2015年4月に、23カテゴリーに分類された15000のレストランを掲載してスタートした。提携では無く掲載としたのは、15000のレストランのうちのほとんどがゴーフード側が一方的に登録しただけだと思われるからだ。筆者も実際に複数の店舗から、古いメニューがずっと残っており困っているとの相談を受けたことがある。まさに力技である。
GO FOODが出てくるまでフードデリバリーサービスが無かったかと言えば全くそうではない。
インドネシアにはマクドナルド、バーガーキング、KFC、吉野家、ピザハットなどのファーストフード店がたくさん進出しており、もちろんデリバリーサービスを行なっている。インドネシアの外食産業関係者によるとピザハット路面店の売上の7割はデリバリーによるものだという。また、日本のほっかほっか亭とは無関係だが、地元企業が運営するHoka-Hoka-Bentoも弁当デリバリーを盛んに行なっている。
スタートアップ界でも例外では無い。
GO FOODが現れる前のフードデリバリー市場は、2011年にMichael Saputraが設立した「Klik Eat(クリックイート)」、2012年に進出した独ロケットインターネットグループ傘下の「Foodpanda(フードパンダ)」の2強であった。どちらも自社で宅配バイクを保有し、各レストランと提携を行なっていた。筆者も2013-2014年あたりはクリックイートを利用していた。理由は大戸屋の弁当が食べられたからである。忙しい時にオフィスまでしっかりとした和食を届けてくれるのは非常に有り難かった。両社ともレストランの数が非常に多かったと記憶しているが、調べてみるとピーク時は1000近くのレストランと提携を行なっていたようだ。しかし、2015年以降、力技のゴジェックは一気にフードデリバリー市場を支配していく。メインは乗客を乗せて運ぶことなので、圧倒的に生産性が高く、アイドルタイムの待機時間も必要が無い。そして何よりネットワークしているバイクの数が違うのだ。
結局フードパンダはGO FOODの波に押されて2016年10月にサービスを終了し、会社もクローズしてしまう。しかし一方でクリックイートの方は個人向けから法人向けに事業をシフトすることで息を吹き返している。法人向けだと発注単価を上げることができたり、営業担当がつくことでリピート率も上げやすくなるというメリットが考えられる。
2016年当時のBerry Kitchenの弁当(参照:Tribun News)
創業当初から法人を狙ったフードデリバリーも存在する。2012年にCynthia Tenggaraが設立した「Berry Kitchen」だ。彼女たちはジャカルタで働く500万人の会社員をターゲットとしている弁当デリバリーで、オンライン上で10種類以上の惣菜をカスタマイズして注文できるのが特徴だ。西ジャカルタに自社のキッチンとバイクを保有しており、毎日決まった時間に配送している。現在、有名シェフが考案した料理を取り揃えており、利用者を飽きさせないように工夫を行なっているようだ。他には創業2015年でジョグジャカルタ発の「Kulina」が最近ジャカルタで攻勢を仕掛けて来ている。KulinaはBerry Kichenと違って、キッチンやバイクを自社で保有せず、キッチンはパートナーを複数抱え、配送は外部の業者に委託している。筆者の知人でBerry KitchenとKulinaの両方から営業を受けているという会社もあったので、少しずつ競争が激しくなってきているのかもしれない。
話をGO FOODに戻す。
2015年4月に15000のレストランを掲載して開始したGO FOODであるが、2018年6月現在では12万5000まで拡大している。ユーロモニターが2010年に行った調査によると、インドネシアの飲食店の数(屋台は含まない)は19万8000店なので、正確に比較はできないものの相当な数であることはわかる。今では掲載店舗はマーチャントとして管理する体制ができつつあり、登録や掲載内容の変更などサポートチームが存在する。ただ、迅速に対応してくれるというのはとてもじゃないが言えない。筆者も最近登録の申請を行ったが、登録完了まで2ヶ月以上を用した。どんどん申請が増えているのかもしれないが、もう少し頑張って欲しいところである。
そのような登録がごった返すGO FOODであるが、ごった返すには理由がある。マーチャントの中で、一気に売上を上げて人気店にのし上がった事例や大儲けした事例が出てきており、その成功事例に続こうと飲食店が群がってきているのだ。ゴジェックは人気店をブログで紹介しているのだが、筆者が調査した店舗も含め、いくつか成功事例をご紹介する。
■TUBO
「TUBO」は飲食店にとって非常に重要な立地と価格の常識を打ち破った牛丼店である。まずTUBOの店舗があるPasar Santa(パサール・サンタ)は特に良い立地という訳では無く、筆者が最近訪れた際にも閑散としていた。パサールとはインドネシアの伝統的な市場という意味で、ここパサール・サンタは出店スペースの家賃を落とすことによって若者が集まり、賑わった時期もあったが今は静かである。次に価格であるが、パサールに訪れる人は所得が中間層より下の層で、1回の食事は1万ルピア~2万ルピア(100円~200円)が一般的。しかし、TUGUは55000Rp(約500円)の牛丼1本で勝負しているのだ。吉野家の牛丼ですら300円強という市場の中、これが何と1日100食以上売れているのだから驚きである。売上のほとんどはGO FOOD経由とのことだ。単純計算で500円×100食×営業日25日間=月商125万円である。しかも、人件費は月10万円程度度、家賃は年5万円程なので、材料費が高くついたとしてもとんでもない利益率である。
■Flipburger
インドネシアではマクドナルドやバーガーキングが既に多くの店舗を増やしているように、ハンバーガーは非常に人気である。そんな中、新しいハンバーガーとして登場したのが「Flipburger」だ。このお店はオープン当初からネット広告で集客し、店舗ではドリンク飲み放題、アイスクリーム食べ放題を用意するなどして、まず路面店で一気に火がついた。2017年初めに筆者も訪れたが、店内では長い行列ができていて、席も満席であったことを記憶している。このような長蛇の列があった場合に活躍するのがGO FOODである。当たり前だが、GO FOODであれば自らが狭い店内で長いこと並ぶ必要も無い。人気店にゴジェックドライバーが列をなすことはインドネシアでは既に日常の光景となっている。日本からPABLOが進出した時もそうだ。オープン当初は長蛇の列ができて、そこに緑のジャケットを着た人がたくさん並んだのだ。FlipburgerもPABLOもそうだったように、インドネシアで人気店を作る場合、いかに人気店に見せるかが重要である。
■Pizza Place
前述のハンバーガーと並んでインドネシアで人気なのが、ピザである。Pizza PlaceはNYC(ニューヨークシティ)スタイルのピザを売りにしているテイクアウト中心のピザ屋だ。店舗スペースは非常に小さく、席はカウンターのみの5席ほどしか無い。この小さなお店が月に何百万円も売るというのだ。Flipburgerもそうであったが、人気ファーストフード店が作った市場にスタートアップとして入っていく手法は非常に効果的に見える。インターネットが無かった時代は、マクドナルドやピザハットのようなのブランド力は強大であったが、今ではインターネットを使って顧客に直接アプローチしたり口コミを発生させることもできるのだ。このPizza Placeはオンライン上でのPRが非常にうまく行っており、NYCスタイルのピザというワードでいくつかニュース記事を発見することができた。また、店内とお店の入り口が非常におしゃれで、その場で写真をとってインスタグラムにポストする人がたくさんいるのだ。
■Toko Kopi Tuku
最後はドリンク系の成功事例である。この「Toko Kopi Tuku」、見た目は普通のコーヒーなのだが非常に売れているのだ。実際店舗に訪れると、ゴージェックのドライバーで溢れていた。そして驚いたのが、何とGO FOODで買える時間帯の制限を示した看板が立っていたのだ。ゴジェックドライバーで溢れて実際に店舗に来た人が買えないということだろうか。飲んでみると確かに味は美味しいし、価格は18000ルピア(約150円)で非常に安い。スターバックスが300円以上するので、味だけで比べると良いのかもしれない。このお店の火付け役は何とインドネシアの大統領Jokowiである。彼が来店したことは地元新聞でも記事になっている。
Toko Kopi Tukuに来店するJokowi大統領(中央)(参照:Liptan6)
このようにGO FOODができたおかげで、大きな資本を持たない小さな飲食店でも、人気店になって成功できる時代が到来している。大企業もうかうかしていられない。小さな飲食店が頑張ることによって、大企業もまた改善を重ね、切磋琢磨して社会が良くなっていく。それは非常に良いことだ。実際筆者自身も、このゴージェックが起こす宅配革命を目の当たりにして、フードトラック(移動車販売)の立ち上げを行なっている。今回紹介した事例を元にさらに研究を重ね、自身のフードトラックで検証を行い、それもまたシェアしていきたいと思う。
最後に告知をさせて頂きたい。
2018年6月現在、筆者はこの宅配革命を好機と捉え、ジャカルタでの料理学校設立を企画している。
来月7月からクラウドファンディングでの資金調達を考えており、共感、賛同頂ける方は是非支援をお願いしたい。
■インドネシア料理学校設立プロジェクトについて