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インドネシアスーパーマーケットの歴史

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インドネシアスーパーマーケットの歴史

  1. PT Hero Supermarket Tbk(ヘロー)
  2. PT Matahari Putra Prima Tbk(マタハリプトラプリマ)
  3. PT Ramayana Lestari Sentosa Tbk(ラマヤナ)
  4. PT Supra Boga Lestari Tbk(スプラボガレスタリ)

前回に引き続き、小売企業を売上順に解説していきたい。本日はスーパーマーケットと大型スーパーマーケット(ハイパーマーケット)がどんどん登場する。合わせて、インドネシアスーパーマーケットの歴史も紹介していく。

1970年:「Gelael Supermarket」がオープン
1971年:「Hero Mini Supermarket」がオープン
1972年:「Matahari Department Store(マタハリ百貨店)」がオープン
1978年:「Ramayana Fashion Store」がオープン
1990年:日系「SOGO(そごう)」がオープン
1995年:米国系「Walmart(ウォルマート)」がオープン 
1996年:日系「SEIBU(西武)」がオープン
1998年1月:米国系「Ranch Market(ランチマーケット)」がオープン
1998年10月:フランス系「Carrefour(カルフール)」がオープン
2002年:マレーシア系「Giant(ジャイアント)」がオープン
2004年:「Hypermart(ハイパーマート)」がオープン

ヘロー

ヘローはスーパーマーケット黎明期に誕生した小売企業である。1954年に創業者のMuhammad Saleh Kurnia(ムハンマド・サレー・クルニア)がCV Hero(有限会社ヘロー)を設立したのが始まりであった。創業期のヘローは食品飲料の輸入販売を行なっていたが、当時インドネシアに駐在する欧米人が食材を求めてに頻繁にシンガポールに買い出しに行く姿を見て、ジャカルタでスーパーマーケットをオープンさせることを決意し、1971年8月23日に「Hero Mini Supermarket」が誕生する。

1970年代のヘロースーパーマーケット(公式サイトより)

近い時期に同じにニーズに気づいていたDick Gelael(ディック・ゲラエル)がわずか先に同じ南ジャカルタエリアで「Gelael Supermarket」をオープンさせているが、ゲラエルは1978年にアメリカから持ち込んだKentucky Fried Chicken(KFC)のフランチャイズ事業に力を注いで行った。クルニアはヘローを拡大し、1980年代には9つの支店を持ち、黄金期を迎える。1989年8月21日にインドネシア証券取引所にて上場を果たして、順風満帆かと思いきや、1992年5月10日、57歳の若さでクルニアは生涯を終えてしまう。会社の代表は妻のNurhajati(ヌルハヤティ)が引き継いだが、アジア通貨危機という不運が重なり、ヌルハヤティ家族はヘローの株式の半分以上を手放すことになってしまう。

ヘローの株式は紆余曲折あり、現在は香港系Jardin Group(ジャーディン)傘下企業が過半数を保有している(ジャーディンを詳しく知りたい方は筆者の過去に書いた記事を参考にして頂きたい)。ヘローは管理体制が変わる中でも、新勢力と戦わなければならなかった。1998年、通貨危機のほとぼり冷めやらぬ中、フランスからやってきた「Carrefour(カルフール)」である。5,000m²以上のスペースを誇る大型スーパー(ハイパーマーケット)に対抗するため、ヘローもハイパーマーケット事業を検討しなければならなかった。そして、マレーシアで成功するハイパーマーケット「Giant(ジャイアント」を2002年に持ち込むことに成功する。2004年には次に紹介する「Hypermart(ハイパーマート)」がオープンし、現在ハイパーマーケット市場は、カルフール・ジャイアント・ハイパーマーケットの3強市場となっている。

ヘローの2018年の売上は前年比99.5%の12兆9700億ルピア (約1038億円)であり、2018年末の時点で、合計445店舗(ヘロー32店舗、ジャイアントエクスプレス82店舗、ジャイアントエクストラ57店舗、ジャイアントマート3店舗、ガーディアン270店舗、イケア1店舗)である。スーパーマーケットとハイパーマーケット事業で苦戦を強いられているため、2019年1月に計26店舗を閉鎖と532人の解雇を発表していたが、傘下のドラッグストア事業の香港系「Guardian(ガーディアン)」と家具量販店事業のスウェーデン系「IKEA(イエア)」が好調で、なんとか踏ん張っている状況である。

マタハリプトラプリマ

マタハリプトラプリマは、先ほど紹介したハイパーマーケット市場で3強の一角を担う「Hypermart(ハイパーマート)」を運営している。前回紹介したインドネシア大手財閥のLippo Group(リッポー)傘下の企業であり、2004年にリッポーが都市開発を行うLippo Karawaci(リッポー・カラワチ)のWahana Tata Cemerlang Mallに最初の店舗をオープンさせた。

マタハリプトラプリマの2018年の売上は前年比85.1%の10兆6920億ルピア (約855億円)であり、主要小売企業の中で一番苦戦している。2018年末の店舗数は219店舗(ハイパーマート107店舗、フードマート24店舗、フードマートエクスプレス12店舗、スマートクラブ2店舗、ボストンヘルス&ビューティー74店舗)だが、2017年末の299店舗から一気に80店舗閉鎖しているという状況である。

ラマヤナ

ラマヤナは、1978年にPaulus Tumewuによって設立されたRamayana Fashion Store(ラマヤナ・ファッション・ストア)が始まりである。ラマヤナの店舗の特徴は、食料品や衣料を中心に中間層以下をターゲットに低価格で販売したところにある。先に登場したGelael Supermarket、Hero Mini Supermarket、マタハリ百貨店は、外国人駐在員やローカルの上流層をターゲットとしている。ラマヤナは、1983年に正式に法人化し、1985年には13店舗を展開するまでに成長する。1996年にはインドネシア証券取引所に上場し、2018年の売上は前年比102.1%の5兆7400億ルピア (約459億円)である。店舗数は主力のRamayana(ラマヤナ)が113店舗、スーパーマーケットのRobinson(ロビンソン)が4店舗、百貨店のCahaya(チャハヤ)が2店舗である。近年、業績は横ばい状態にあり、成長戦略の一環でラマヤナ店舗を2014年に提携したオランダ系「SPAR(スパー)」のスーパーマーケットに業態転換を進めており、2018年末時点で22店舗がスパーに業態転換されている。

スプラボガレスタリ

スプラボガレスタリは、1997年の設立当初、米国ランチマーケットのインドネシアフランチャイズとして設立されたが、翌年1998年の通貨危機に関連した暴動の後、運営元のTawa Supermarket社と話し合い、「Ranch Market」や「Ranch 99 Market」の名称を使いつつも独立して運営される契約が交わされた。スプラボガレスタリは1998年にランチマーケット1号店をオープンさせてから徐々に店舗数を拡大し、オーガニック食材やユニークな商品が手に入る高級スーパーマーケットとして認知されていった。2007年には新業態の「Farmers Market(ファーマーズマーケット)」をオープンさせ、2012年6月にインドネシア証券取引所にて上場。2013年には日系「ミニストップ」のフランチャイズ事業を行う(2016年に撤退)など、失敗もありつつも着実に拡大している。

2018年の売上は前年比107.6%の2兆3560億ルピア(約188億円)で、2018年末時点でランチマーケット12店舗、ファーマーズマーケット22店舗を展開している。

2018年末の各社店舗数(筆者作成)

インドネシアのスーパーマーケットが本格的に始まったのは1970年代からで、1980年代から90年代に黄金期を迎え、1998年の暴動を境に、一時混乱に陥り、2000年代から店舗の小型化(コンビニ)と大型化(ハイパーマーケット)、高級業態の登場で市場が細分化されて、各カテゴリーで競争が激しくなり、2010年代から外資の参入が増えたことでさらに競争激化という流れであった。また、2010年代に入ってからは、EC(イーコマース)も登場したので、その激化の歪みが2015年あたりから多くなった事業売却や撤退である。

その中でももちろん勝者は存在する。以前紹介した2大コンビニ「Indomaret(インドマレット)」と「Alfamart(アルファマート)」である。彼らが、スーパーマーケット黄金時代の中間層市場をごっそり持って行ったと筆者は考えている。あとは、大型スーパー市場や高級業態市場など、自分たちが強いカテゴリーでNo.1かNo.2をとっている企業も勝ち組に含まれる。しかし、もちろん今勝ち組の企業が次の10年も勝ち続けられるとは限らない。

では、次の2020年代はどんな企業が勝つのか?

代替の利かない自分だけの強みは何か?がより問われる時代になってくると筆者は考える。例えば、今回のこの小売市場シリーズでも度々登場する財閥大手のリッポーグループ。2016年11月のインタビューで、グループCEOのJames Riady(ジェームズ・リアディ)は「リッポーの次のステージはデジタル経済だ」と発言し、銀行、不動産事業に続く「第3の創業」に踏み切る考えを示していた。しかし、3年後の2019年12月のインタビューで、ジェームズからCEOを引き継いだ息子のJohn Riady(ジョン・リアディ)は「これまでは13の分野でビジネスを展開していたが、これを中核と投資分野に分けた」と発言し、デジタルを投資分野(非中核)に置いたのである。つまり、中核の不動産と医療は自社で取り組み、デジタルは提携や投資を通じて技術を取り込んでいくということであった。これが代替の利かない自分だけの強みに集中すると言うことである。リッポー程の巨大コングロマリットが、スピーディーに実行することに非常に驚く。スピードと実行力は日系企業が苦手とするところで、よく海外企業に出資や提携をするも、何が進んでいるのかよくわからない話をよく見聞きする。

強み、スピード、実行力については、企業だけで無く、個人にも言える話である。自分にしかできないことを深く追求し、どんどん行動を起こして生きたい。

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