インドネシアの華麗なる一族たち③

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ここ数年、インドネシアの富豪番付1位を守り続けているのがハルトノ兄弟です。兄がMichael Bambang Hartono(マイケル・バンバン・ハルトノ)、弟がRobert Budi Hartono(ロバート・ブディ・ハルトノ)です。

 
父親の名はOei Wie Gwan(オエイ・ウェイ・グワン、不明~1963年)。1925年、中部ジャワのレンバンでCap Leoと呼ばれる花火を製造していましたが、日本軍に追放されスマランの西にあるクドゥスに移動。そこで1951年にPT Djarum(ジャルム)を設立し、たばこの製造販売を始めました。レコード針にちなんで名づけられたジャルムは、クドゥスのブティンガンバル通り28番地(現在のヤニ通り28番地)にて、たった10名の小さな会社として始まりました。前回登場したスドノ・サリムもクドゥスでたばこを売っていたことがありますが、たばこビジネスは後にとんでもなく大きな市場に成長します。JTインターナショナルの調査では、2013年3000億本が販売され、東南アジア最大の市場となっています。

 

ジャルムは1998年の通貨危機以降、多角化に成功し、ホテル・不動産事業、エレクトロニクス事業、銀行業、パーム農園事業などを展開していきました。特に有名なのが、インドネシア最大級のショッピングモール「グランドインドネシア」とインドネシア民間最大手のバンク・セントラル・アジア(BCA)の経営権を取得したことです。こうしてジャルムグループとなった巨大財閥は、兄のマイケルが会長、弟のロバートがCEOとなりマネジメントされています。そして、各ビジネスには兄弟の投資会社から出資する形がとられています。

 
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左からオエイ・ウェイ・グワン、ロバート・ブディ・ハルトノ、ヴィクトール

 

ロバートには3人兄弟の息子たちがいます。長男はVictor Rachmat Hartono(ヴィクトール・ラフマット・ハルトノ)、次男はMartin Basuki Hartono(マーティン・バスキ・ハルトノ)、三男がArmand Wahyudi Hartono(アルマンド・ワシュディ・ハルトノ)です。3人はジャルムグループの核となることを期待されており、それぞれ役割が分かれています。長男のヴィクトールはジャルムのCOOと社会貢献に使われるジャルム財団の管理を任されています。次男マーティンはジャルムグループの次なる事業を見つけるべく、新規ビジネス担当としてインターネット産業に力を入れています。そして三男アルマンドは、米国で投資銀行を経験し、最年少でBCAの取締役に入閣しました。

 

アルマンドはインドネシア一の大富豪の息子であるにも関わらず、非常に謙虚な性格だと知られています。ビジネスの原則はいかに支出を抑えて将来の予期せぬ事態に備えるか。そして、余ったお金は将来のために投資してくということをあるインタビューで語っています。そして、父親であるロバートも息子たちの鏡となる存在です。他の大富豪がリムジンを使っていても、トヨタのランドクルーザーに乗り、携帯電話もダイヤなど派手な装飾を好まず、ブラックベリーの初期モデルを長く使っています。食べ物の好き嫌いは無く、大食いはしない。ゴルフ嫌いで、趣味は仕事、仕事、仕事。他の大富豪とは一線を画した存在であり、ビジネスだけでは無く、その性格はしっかり子供に受け継がれていくのです。

インドネシアの華麗なる一族たち②

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■サリムグループ
同ランキング2位のサリムグループは、1997年のアジア通貨危機まで圧倒的1位に君臨していた大財閥です。創業者のSudono Salim(スドノ・サリム、1916年~2012年)は、福建省福清市の農家の3兄弟の次男に生まれました。中国名は林紹良(Liem Sioe Liong)です。1938年、兄に続いて叔父を頼りにジャワ島へ渡り、中部ジャワのクドゥスでタバコやコーヒー豆の商売を行い、商人としての道を歩み始めました。第二次世界大戦後は、オランダとの独立戦争で戦う軍への物資納入を通じて当時ディポヌゴロ師団司令官であった後の大統領スハルトとの人脈を築いていきます。1968年にスハルトが2代目大統領に就任してから約30年間、様々な国家プロジェクトの利権を手にし、グループを大きく成長させました。ところが、1997年のアジア通貨危機でグループは最大の危機を迎えます。

 

通貨危機により、グループの多くの企業の財務体質が悪化し、民間銀行最大手に成長したBCA(バンク・セントラル・アジア)を含む、多くの資産の売却を余儀なくされることとなりました。しかし、スドノの三男Anthony(アンソニー、中国名は林逢生)のもとで何とかグループ最大の危機は乗り切ります。そして、2013年2月、元々危機前に所有していた日産やスズキの現地合弁パートナーであるインドモービルの株式を買い戻して筆頭株主となり、また、BCAの株式も幾分か取得して復活を果たしています。

 

次のサリムグループのリーダーとして期待されているのが、アンソニーの三男であるAxton Salim(アクストン)です。アクストンは1974年生まれで、2002年にコロラド大学ボルダー校を卒業。その後、クレディ・スイスのシンガポール支店で経験を積み、2004年からサリムグループの中核企業インドフードに入社。2009年から現在に至るまでインドフードの取締役を務めています。
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左からスドノ・サリム、アンソニー、アクストン

 

 

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■シナールマスグループ

三大財閥最後は「シナールマスグループ」。創業者は、福建省泉州出身華人Eka Tjipta Widjaya(エカ・チプタ・ウィジャヤ、1923年~)で、中国名は黃亦聰(Oei Ek Tjhong)です。彼は9歳の時、インドネシアに渡ります。非常に貧しい家庭であったため、マカッサルにて小学校卒業後、15歳で砂糖やビスケットを販売するというビジネスをスタートさせていました。その後、彼は1970年にシナールマス社を設立し、一代でパームオイルやココナッツオイルなどの食用油、製紙、そして金融、保険、不動産などの事業も手がける大財閥を築き上げました。シナールマスグループは同族経営が行われており、子供たちはシンガポール、米国、カナダ、日本などに分かれて留学を経験した後、グループの各部門を担当しています。現在は、創業一家長男であり、紙パルプ事業を担当するTeguh Ganda Wijaya(テグー、1944年~)がグループのトップとなっています。

 

エカはたくさんの子供を残しており、ウィジャヤ家は非常に大きなファミリーになっています。Forbesの記事によると15人とありますが、それよりももっと多いという説もあります。前述のテグーが一族のトップとなっているものの、グループ最大の売上高を誇るパームオイル事業はテグーと14歳離れたFranky Oesman Widjaja(フランキー、1958年~)が担当しています。彼は日本への留学経験があり、青山学院大学に留学した後、パームオイル事業を担当し、さらに超高級ショッピングモールのプラザインドネシアの会長なども務めています。

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左から、エカ・ウィジャヤ、テグー、フランキー

 

 

エカの孫の世代ですが、既に頭角を現し、各部門の重要ポジションに就いています。ここでは3人の人物を紹介したいと思います。

 

-Fuganto Widjaja(フガント、1981年?~)
フガントはグループの鉱山開発事業を担当しており、PT Golden Energy Mines Tbkの社長、PT Sinar Mas Multiartha TbkとPT Dian Swastatika Sentosa Powerの取締役を担当し、昨年2015年はバクリー財閥とロスチャイルド財閥が対立しながらも共同運営されていたPT Berau Coal Energy Tbkを引き継き、同社CEOに就任しています。

 

-Michael Jackson Purwanto Widjaja(マイケル、1984年?~)
マイケルは、グループの不動産事業を統括するMuktar Widjaja(ムクタル、1955年~)の息子です。彼は2007年に当時23歳という若さでPT Bumi Serpong Damai Tbk(BSD)の副社長に就任しました。BSDはジャカルタ南西部に位置する新開発地域BSDシティの開発を行い、そこにはイオンがオープンしています。そして、2010年にはグループの不動産部門を取りまとめるSinar Mas Land(シナールマスランド)のCEOに就任しました。

 

-Jesslyne Widjaja(ジョセリン、1984年?~)
ジョセリンは、先ほども登場したパームオイル事業を統括するフランキーの娘です。彼女はシンガポール証券市場上場するGolden Agri-resources LtdのExecutive Director of Corporate Strategy & Business Development(事業開発兼経営戦略担当取締役)という重要ポストに、2014年3月から就いています。
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左から、フガント、マイケル、ジョセリン

 

Tbkは公開株式会社、上場企業を意味し、彼彼女たちはグループの複数上場企業を担当するという重要な役割を担っています。そして、まだまだ30代前半という若さです。

インドネシアの華麗なる一族たち①

「華麗なる一族」と言えば映画やドラマにもなった山崎豊子の小説であり、1965年に起こった山陽特殊製鋼倒産事件を元にしていると言われています。本作の主人公は万俵大介。大介は万俵財閥の発展のために、息子娘たちを財界の有力者と結婚させる、いわゆる閨閥施策を進めていきました。裏切り、憎悪、権力闘争などの人間ドラマがリアルに描かれた作品です。

 

インドネシアにも一族経営で発展する財閥がいくつもあります。毎年発表されるForbesの富豪番付を見ても、上位のほとんどは財閥オーナーで占められています。そして、その財閥企業は一族経営がほとんどです。実際「華麗なる一族」と似ている部分もありますし、もちろんそうでない部分もあります。本連載ではインドネシア版華麗なる一族として、現在のトップ財閥たちが今までどのように歩んできたのかを書いて行きたいと思います。

 

 

 

1842年に終結したアヘン戦争以降、清政府は海外渡航の門戸を大きく開き、移民ブームがおきました。その頃、インドネシアは植民地としてオランダによって長く統制されていた時代です。インドネシアにも多くの華人がやって来ました。後に大きな財閥グループの創設者となるような人もその時期で、インドネシア三大財閥「アストラインターナショナル」「サリムグループ」「シナールマスグループ」の創設者一族たちも、その時期に渡って来たと言われています。

 

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アストラインターナショナル
GLOBE ASIAによる2015年インドネシア企業グループランキングで1位となったアストラグループ創設者のWilliam Soeryadjaya(ウィリアム・スリヤジャヤ、1922年~2010年)は、父親が広東省から移民した華人でした。ウィリアム自身もTjia Kian Liongという中国名を持っています。1957年、彼は仲間たちと貿易商アストラ社(現在のアストラインターナショナルの前身)を創業しました。そして、1960年代末にトヨタ自動車の総代理店になり、1971年にはトヨタと合弁でPT Toyota Astra Motor(トヨタアストラモーター社)を設立するなど、自動車産業を中心にナンバーワンへと駆け上がりました。しかし、グループとしてナンバーワンになったものの、1992年の長男Edward(エドワード)の銀行ビジネスの失敗により、一族はアストラの株式を手放さざるを得なくなりました。よって現在のアストラインターナショナルはスリヤジャヤ一族のものではありません。

 

エドワードにはEdwin(エドウィン)という弟がいました。エドウィンは1998年、Sandiaga Salahudin Uno(サンディガ・ウノ)と投資会社Saratoga Investama Sedaya(サラトガ・インベスタマ・セダヤ、通称サラトガ)を創業し会長に就任、石炭採掘パダン・クルニア(現アダロ・エナジー)も創業し、こちらも会長に就任しました。そして2014年3月、サラトガ傘下のPT Mitra Pinasthika Mustika Tbk(MPM)がPT Nissan Motor Indonesia(日産インドネシア)と提携します。実はMPMはウィリアムが1987年に創設した会社で、現在の会長はエドウィンです。これがスリヤジャヤ家の悲願であったかどうか分かりませんが、再び自動車販売のビジネスを行うことになりました。

 

そのエドウィンは現在66歳。2015年6月、ウィリアムの孫であり、エドウィンの息子であるMichael Soeryadjaya(マイケル)が、サラトガの社長(President Director)に就任し、スリヤジャヤ家のバトンを引き継ぎました。30代前半の若い経営者が次の時代を作っていきます。

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左からウィリアム・スリヤジャヤ、エドウィン、マイケル

インドネシアのスマホアプリ市場 2016

本日はかねてより要望の多かったインドネシアのスマホアプリ市場について書かせて頂きたいと思います。2011年の設立以来、アドウェイズインドネシアは様々な事業に挑戦してきましたが、2015年5月からこのスマホアプリ市場に集中して取り組んで来ています。

 

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まずインドネシアの基本情報からですが、わかりやすいようにおよその数で暗記しています。意外とスマホ普及台数が知られていなくて、近い数字でも即答できる人にインドネシアで会ったことがありません(笑)。基本的にインドネシア人は数字が苦手というのが私の感想です。面接などでデジタルマーケティングについて意見を求めると、みんな口をそろえてソーシャルメディアが良いと言うのですが、具体的に数字で語れる人に会ったことがありません。すいません、いきなり話それました…。

 

 

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続いてモバイルキャリアですが、インドネシアではTelkomsel(テルコムセル)、XL(エクセル)、Indosat(インドサット)の3社で、市場の8割以上を占めています。2014年9月にまとめた資料ではありますが、2016年現在でも大きくは変わっていないと思います。スマホアプリ市場に関連したところですと、昨年2015年からついに大手3社とも、GooglePlayのキャリア課金に対応しました。インドネシアのクレジットカード保有者が10%にも満たなかったり、日本のようにGooglePlay専用のプリペードカードが売られていない市場を考えると、大きな前進と言えるでしょう。

 

Othersに関しては、香港系の3(トゥリー)とローカルのSmartfren(スマートフレン)が有名です。

 

 

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モバイルOSに関しては、インドネシアはAndroidの市場です。iOSは非常に少ないです。今までジャカルタにアップルストアができるんじゃないかという噂が何度か流れましたが、まだできておりませんし、できる気配もありません。しかし、個人的な感覚で言いますと、ジャカルタのスタバで、マック製品を使って(ドヤ顔をしている)いる人は、多いように見えます。インドネシアは、ジャカルタとその他の都市で一人あたりのGDPが倍以上離れているので、ジャカルタだけで測定すると、iOS比率はもっと上がるかもしれません。

 

ちなみに、スマホ端末シェアのグラフは用意していないのですが、1位はSamsung(サムスン)で、2位と3位をローカルのEvercoss(エバーコス)とSmartfren(スマートフレン)が争っているという状況です。それぞれ上位端末メーカーは、1万円でも買えるようなAndroid端末を用意しています。

 

 

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続いてブラウザーですが、中国で最も人気の高いUC Browserが、インドネシアで一気にシェアを伸ばし、過半数のシェアを得るまでになっています。逆に今まで一番であったOpera(オペラ)が、どんどんシェアを落としている状況です。考えられる理由は大きく2つありまして、1つは単純に『高速インターネット』を謳って大きな広告予算を投下していること。もう1つ考えられるのが、その高速インターネットを利用してポルノ動画を再生することがより快適になったことです。やはりエロの力は恐ろしいですね…。

 

 

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次はソーシャルメディアです。インドネシアは世界第4位のfacebook人口を誇っており、ソーシャルメディア大国として有名なのですが、実はあまり知られていないのがブラックベリーメッセンジャー(BBM)のユーザー数です。そして、勘違いされやすいのが、このBBMユーザー数はブラックベリー端末だけではないということです。BBMはAndroidでもiOSでもアプリを展開しています。

 

 

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そしてこれが2016年4月某日のGooglePlay総合無料アプリのランキングなのですが、BBMはAndroidにアプリを公開して以来、ほぼずっと1位の座を守り続けています。先ほどご説明したUC Browserも2位で入っていますし、3~6位までがFacebook、Facebook Messenger、Instagramで、LINEは7位に入っています。

 

 

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次はインドネシアの広告市場ですが、わかりやすいように、広告市場全体が約1.5兆円、ネット広告が1000億円(つまり、ネット広告比率は10%以下)、モバイル広告がそのまた5%の50億円と言うようにしています。ここで申し上げたいのが、インドネシアは隣国や同じような発展途上国と比べてもネット広告比率が低いということです。例えばインド。インドは広告全体の規模はインドネシアに負けているにも関わらず、ネット広告比率は10%以上で、ネット広告市場もインドネシアを上回っています。

 

しかし、やっぱりポテンシャルは高い。一気に爆発すると信じてやっております。

 

 

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続いてモバイルアプリマーケティングのプレイヤーですが、インドネシアは他の産業同様、市場のポテンシャルの高さからある程度のプレイヤーは揃っています。しかし、特徴的なのは、ローカル企業が少ないということ。たくさんの企業ロゴを散りばめましたが、そのほとんどが、インドネシアに支社を持たない企業がほとんどです。特にパフォーマンスマーケティングの分野においては。例えば、CPI(Cost Per Install)広告の分野を見てみましょう。アドウェイズはインドネシアに拠点を置いて、AppDriver(アップドライバー)とSeads(シーズ)というプロダクトを展開していますが、ドイツのFyber(ファイバー)、アメリカのTapjoy(タップジョイ)とSupersonic(スーパーソニック)はインドネシアに拠点を置いていません。

 

先ほどインドのネット広告市場がインドネシアと比べて進んでいると述べましたが、モバイル広告代理店カテゴリーのVserv(ヴィーサーブ)やCPC広告カテゴリーのinmobi(インモビ)はインド出身企業です。

 

 

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これはGooglePlayの売上トップアプリのランキングですが、やはりトップは全て外資系企業で、LINEメッセンジャー以外は全てゲームです。そして、ほとんどがインドネシアに拠点を置いておりません。Seven Knights(セブンナイツ)を展開するネットマーブル社とLINEは拠点を置いています。

 

右側はインドネシア向けにどの広告を使っているのかと言う表なのですが、ほとんどがfacebook広告とAdMobしか使っていないという状況です。これは逆にまだまだチャンスがあるとも捉えることができます。

 

 

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続いて、こちらはショッピングカテゴリにおけるDL数のランキングです。先ほど上位を占めていたゲームと比べると、ほとんどがローカル企業(2016年4月現在、インドネシアでは)で、インドネシア向けの広告投資に積極的です。特にインドネシアで人気のBBM広告はトップのECアプリのほとんどに利用されています。

 

ランキング上位に入ってはいませんが、インドネシアの大手財閥もEC市場への投資に力を入れています。例えば、ジャルムグループが投資するblibli.com(ブリブリドットコム)やリッポーグループが投資するMatahariMall.com(マタハリモールドットコム)などです。先ほどのゲーム市場と比較するとレッドオーシャンに見えますが、モバイルゲーム市場も昨年2015年から中華圏の進出が増えており、今年は一気に競争が激しくなることでしょう。

 

現場からは以上です。

デジタルマーケティングの歴史(インドネシア編)

前回、世界のデジタルマーケティングの歴史において4つの大きな出来事があると、述べました。

 

1.    検索エンジンの登場
2.    DSP/SSPの登場
3.    ソーシャルメディアの登場
4.    ダイナミックリターゲティングの登場

 

本日は、この4つがインドネシアではどのように発展を遂げて行ったのか、書いて行きたいと思います。

 

まず、検索エンジンの登場ですが、インドネシアで初めてのGoogle認定パートナーはDG Trafficだと言われています。DG Trafficは、2009年4月11日にHerman Changによって設立され、今では50名以上で組織されています。

 

DGtraffic

http://www.dgtraffic.com/dgtraffics-4th-anniversary-celebration/

 

 

2016年3月現在で、インドネシア法人として登録されているGoogle認定パートナーは約40社で、さらにインドネシア国外で認定されている企業もいることを考えると、プレイヤーとして50社以上はいるのではないかと予想されます。

 

 

DSPは2012年頃から少しずつ外資系広告代理店によって販売されているのを見かけましたが、2013年10月にPT MicroAd BLADE Indonesiaがジャカルタにオフィスを開設したのが本格的なスタートかと思います。クリテオも2013年12月に東南アジアの販売を強化すべくシンガポールに拠点を開設しました。以前にも少し書かせて頂きましたが、2015年はDSPがブレイクした年だと感じています。MicroAd BLADEは2016年に予定していた黒字を1年前倒しで達成し、クリテオはインドネシアに拠点を置いていないながらもTraveloka、Matahari MallやLazada Indonesiaなど大手ECを広告主としてを抱えるまでになっています。

 

SSPに関しては、Adskomというローカルプレイヤーがいます。Adskomは、2013年にインドネシアローカルのアドネットワーク企業ADSTARSの創業者であるItalo GaniとKoprol の創業者であるDaniel Armantoによって設立されました。2015年7月には、日本のSSP大手のGeniee(ジーニー)がシリーズAラウンドの増資を引き受けており、急成長を期待されています。

 

このようにインドネシアでのGoogle広告、DSP、SSP、ダイナミックリターゲティングの登場のタイミングを見ていると、市場の成長スピードが日に日に増しているように感じます。世界では10年かかったことが、インドネシアでは倍以上のスピードで動いています。

 

そのような変化の激しい環境の中で、やはりインドネシアではソーシャルメディア、特にfacebookのデジタル広告市場への影響力は圧倒的です。まず、ユーザー規模ですが、facebookのインドネシアユーザーは、私がインドネシアに来た2012年には4000万人程だったのが、2016年には8000万人まで増えています。ネットユーザー数は2015年のインターネット・サービス業者協会(APJII)の発表で8,810万人ですので、今まで少し増えたことを鑑みてもネットユーザーの8割以上をカバーしていることになります。そして広告主においても、他のGoogle広告、DSPや各アドネットワークと比較しても、出稿数は群を抜いています。

 

また、広告に限らず、ソーシャルメディア・マーケティングという新たな市場も創りだしました。facebook上で企業やブランドのアカウントを作って運用したり、アプリを作ってキャンペーンを行ったりなど、企業のソーシャルメディア・マーケティングを支援するデジタルエージェンシーが数多くあらわれました。私の推測ですが、インドネシアには100社以上のデジタルエージェンシーが存在すると考えています。特にfacebook広告は誰でも簡単に運用できるように設計されているので、運用のレベルの違いはあれど、参入障壁が非常に低いビジネスです。

 

インドネシアで一番古いデジタルエージェンシーは1996年に設立されたbubu.comだと言われています。日本では、電通とソフトバンクの合弁によるデジタルエージェンシー「サイバー・コミュニケーションズ(Cyber Communications inc.)」が設立されたのも1996年、サイバーエージェント(Cyber Agent, Inc.)が設立されたのが、1998年ですので、インドネシアではかなり先進的な企業であったことが分かります。bubu.comは、世界で最も革新的なテクノロジーベンチャー企業100社に贈られる「2011 Red Herring Top 100 Global(2011年レッドヘリンググローバルトップ100社)」に選ばれており、創業者兼CEOのShinta Witoyo Dhanuwardoyo自身も2011年にインドネシアの大手経済誌Globe Asia主催の「99 Most Powerful Women」に選ばれるなど、女性経営者として活躍が評価されています。

 

2014年10月Mark Zuckerberg来イ。ジョコ大統領やShinta女史と面会

 

そして今私がfacebookの中で一番注目しているのが、Audience Network(オーディエンス・ネットワーク)です。オーディエンス・ネットワークによってfacebook外部のウェブサイトやアプリにも広告出稿が可能となるのですが、今年2016年1月にモバイルウェブへの配信拡大を発表しました。インドネシアでは、PC普及率よりも、携帯電話の普及率の方が非常に高いため、モバイルウェブへの配信拡大は、今までアドネットワークとして圧倒的なGoogleディスプレイネットワークも脅威に感じていると思います。実際にインドネシアで多くのトラフィックを集めるニュース・ポータルサイトを見ていると、まだまだGoogleの広告枠を多く目にしますが、例えばゲームアプリを見てみると、最近一気にfacebookオーディエンス・ネットワークの広告配信が増えてきているように感じています。

 

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https://www.facebook.com/business/help/788333711222886

 

今年さらにfacebook広告の力が強くなっていくことを考えると、通常のアドネットワークの分野でタイムマシーン経営は非常に厳しいように見えますが、もちろん穴は無数に存在するので、こういったパワーバランスを理解しながら戦略を立てることが成功確率を高めることに繋がるのではないでしょうか。

デジタルマーケティングの歴史(世界編)

前回、日本とインドネシアのEC市場について、書かせて頂きましたが、オンラインショッピングのように、先進国で起こったビジネスを発展途上国に持ってくる、所謂タイムマシーン経営という手法をインドネシアではよく目にします。

 

しかし、先進国で流行ったビジネスをただ持ってくるだけでは、成功するとは限りません。私が挑戦し続けているデジタルマーケティングの世界でも、それは顕著です。例えば、DSPを例にあげましょう。DSPはインドネシアで2012年頃から販売をされ始めていたと記憶していますが、その頃は市場が広がる様子は全くありませんでした。しかし、今では徐々に広がってきています。やはり、そのビジネスが成功した背景がぴったりと当てはまることが難しいのだと思います。国も違えば言語も宗教も文化も様々なことが違ってきます。

 

今回は、タイムマシーン経営の成功確率を上げるための一例として、世界のデジタルマーケティングの歴史を学んでいきたいと思います。

 

 

私は、デジタルマーケティングの歴史において、今まで以下の4つの大きな出来事があったと考えています。

 

  1. 検索エンジンの登場
  2. DSP/SSPの登場
  3. ソーシャルメディアの登場
  4. ダイナミックリターゲティングの登場

 

 

GoogleIPO

http://thehustle.co/shaq-is-a-heck-of-an-investor

 

まず、最初の大きな出来事は、GoogleやYahooなどの検索エンジンの登場です。何かを探したいと考えるユーザーに対して、それに関連した広告を表示されるという、非常に合理的且つパフォーマンスの高い広告、検索連動型広告が登場し、インターネット広告が一気に注目を浴びるようになりました。その代表格のGoogleは1998年9月4日にGoogleは非公開の会社として設立され、2004年8月19日に最初の株式公開を行うという急成長を見せました。

 

 

Bankruptcy of Lehman Brothers

http://www.theguardian.com/commentisfree/cifamerica/2011/dec/12/lehman-brothers-bankrupt

 

次の大きな出来事には、2008年9月15日に起こったリーマン・ショックが大きく関係しています。ご存知の方も多いと思いますが、リーマン・ショックとは、アメリカ合衆国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズが破綻したことに端を発して、続発的に起こった世界的金融危機です。その過程で、投資銀行に勤めていた多くの優秀なシステムエンジニアが職を失うこととなりました。彼らの一部がIT業界に移動し、発展させたのがDSPやSSPなど、当時の証券取引の技術をオンライン広告取引に応用したRTB取引を使う広告システムでした。RTBは今まで広告枠(スペース)を購入していた広告主に対して、ユーザー単位で広告配信取引ができるという画期的なシステムを提供し、その市場を広げていきました。

 

 

facebookPIO

http://www.bloomberg.co.jp/news/123-M486MT6JTSE801.html

 

そして、時系列は少し被りますが、facebookやtwitterなどの世界的ソーシャルメディアが登場します。facebookは2004年に学生のみに限定したサービスとしてスタートしましたが、2006年9月26日に一般公開されてから急速にユーザー数を増やし、2010年にはアクセス数でGoogleを抜き去るという急成長を見せて話題になりました。そして、2012年5月18日、NASDAQ市場にてIPOを果たします。一方twitterは2013年11月7日にニューヨーク証券取引所に株式を上場しています。デジタルマーケティングにおいて特筆すべきなのは、facebookやtwitterはユーザープロファイルを保有しているため、非常に細やかなターゲティング広告が可能となったことです。これによって、細かい運用で広告効果最大化を狙うスタートアップや中小ベンチャー企業、ターゲティングを気にする大手企業の両者のニーズに対応し、市場拡大に拍車がかかっていきました。

 

 

CriteoIPO

http://www.rudebaguette.com/2014/10/30/one-year-ipo-criteo-mafia-emerges/

 

最後は、ダイナミックリターゲティングの登場です。これは2つ目のDSP/SSPの登場の延長線なのですが、特に世界中で拡大するEC市場に大きな影響を与え、インドネシアにおいても非常に関連性が高いため、入れさせて頂きました。このダイナミックリターゲティングというのは、膨大なユーザーデータを利用して、WEBサイトの訪問者ごとに広告表示を細かくカスタマイズする方法です。ユーザーデータというのは、例えば、e-commerceサイトの商品閲覧履歴です。例えば私が、ナイキのエアジョーダン6を閲覧したとすると、一定期間エアジョーダン6をお勧めする広告を見るようになるのです。旅行サイトでも同じです。私がバリ島のホテルを検索すれば、バリのホテルのディスカウント情報が広告として表示されるようになるのです。さらに、複数のホテルが一気に比較できるようになっていたりします。このダイナミックリターゲティングの代表格は2005年にフランスで設立されたCriteo(クリテオ)です。彼らは南北アメリカ、ヨーロッパ、アジアに23カ所のオフィスを展開し、2013年10月31日には米NASDAQ市場にてIPOを果たしました。

 

この4つの出来事が、インドネシアではどのように関係しているのでしょうか?

続きは次のエントリーで書きたいと思います。

日イEC市場比較

インターネット業界において、日本はアメリカから2年遅れていると聞いたことがあります。アメリカで生まれたサービスが、2年後日本にやって来る、あるいは2年後日本でも同じような市場が生まれてくるということでしょうか。

 

インドネシアのような発展途上国を考えると、経済規模、一人当たりの所得、各種インフラの遅れなどから、2年よりももっと遅れていることは想像に容易いでしょう。業界によって違いますが、例えばオンラインショッピングですと、インドネシアは日本に10年程遅れて盛り上がってきました。

 

オンラインショッピングが日本に最初にあらわれたのは、諸説はありますが1993年頃からと言われています。当時はほとんど市場が成長せず、1997年5月1日にモール型ECサイト楽天市場が登場してから一気に時代の流れが変わって行きます。Amazon.comの日本語版サイト「Amazon.co.jp」の登場はその3年後の2000年11月1日です。

 

インドネシアでは、2005年にオランダ人のRemco LupkerとArnold EggがバリでC to C型ECサイトtokobagus.comをオープンさせました(ドメインは2003年に取得されていた)。そこから少し空いて、2009年~2011年にtokopedia、blibli.com、そしてRakuten Belanja Onlineと、続々とプレイヤーが登場します。

 

市場規模に関してはどうでしょうか。日本の経済産業省のデータによると、EC業界の流通総額は2003年4.4兆円から2013年11.2兆と成長し、10年間で約2.5倍になっています。インドネシアは2013年80億ドル(9,600億円)から2016年は250億ドル(3兆円)になると見込まれており、規模で言うとまだまだ15年近くの差がありますが、伸び率は圧倒的にインドネシアです。

 

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2003年度の楽天の業績を調べてみたのですが、EC事業は通期で売上高131.6億円(前年比73.5%増)、営業利益42.9億円(前年比94.9%増)とありました。EC市場黎明期でも30%以上の営業利益率を確保しています。インドネシアではまだそこまでの環境ではありませんが、先ほどの述べたような急激な伸び率を背景に一気に爆発するのか、あるいはまだまだ時間がかかるのか。個人的には2003年の日本の楽天レベルの企業が現れてくるのに少なくともあと2,3年はかかると感じています。

 

その2,3年を長いと感じるのか、もう間もなくと感じるのかは企業によってそれぞれですが、先日楽天はシンガポール、マレーシア、インドネシアのマーケットプレイスの閉鎖を発表しました。しかし、一方でインドネシア財閥大手のCTコープが、EC事業に参入することを明らかにするなど、期待と不安が入り混じっている状況です。

 

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出典:

平成 16 年度電子商取引に関する実態・市場規模調査

Indonesia online commerce to touch $25b by 2016

Indonesian e-commerce market size to double in 2013 to US$8B

楽天、2003年度の売上は前年度比8割増の181億円

楽天が東南アジア各国に展開中のマーケットプレイスを閉鎖、約150人を解雇へ

CT Corp Rambah Bisnis E-Commerce

インドネシアで一番利用されているメッセンジャーアプリは?

インドネシアで一番使われているメッセンジャーアプリは何でしょうか?

 

実は、各種調査によると ブラックベリーメッセンジャー(BBM)なのです

 

ここでブラックベリー端末と混同しがちなのですが、違います。

BBMはブラックベリー端末だけでなく、AndroidやiOSでアプリを展開しており、その比率は2015年秋のブラックベリー社資料によると、

 

Android端末:3550万MAU
iOS端末:200万MAU
ブラックベリー端末:1350万MAU

 

全体では5100万MAU(マンスリーアクティブユーザー)という規模になり、インドネシアのスマホ普及台数がまだ1億台に届いていないことを考えると、スマホ保有者の2人に1人はBBMアプリを利用しているということになります。

 

他のメッセンジャーツールと比較してどうでしょうか。

 

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出典:DIGITAL IN 2016

 

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出典:INDONESIA MESSENGER TREND REPORT 2016

 

 

各社調査方法は違うかと思いますが、BBMがメッセンジャーアプリで1番利用されているようです。

また、GooglePlay Storeにおいてもアプリローンチから今まで総合無料アプリランキング1位をほぼずっと守り続けています。

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最近ではLINEインドネシアがECとゲームに力を入れて色々な取り組みを行っており、このままBBMの1位が続くかわかりませんが、インドネシアのメッセンジャーアプリ市場はこの1,2年で大きな動きがある気がします。

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例えばLINEはバイク配車アプリ大手のGO-JEKと提携し、LINEを通してバイクタクシーを注文できるようにしました。